羽田圭介『バックミラー』

『バックミラー』には、羽田圭介さんが過去10数年の間に発表した短編から自選した12編が並ぶ。意外にも、これが作家人生の中で初めての短編集だそう。

人の見せたくない恥部を覗き込む、人間観察力のすごみを味わう短編集。

「まとめて読み返してみて気づいたのですが、それぞれの短編を書いたときに自分がどんな環境でどんな家に住んでいたのかが、意外と各編の中にリアルに埋め込まれているなと感じました。東京郊外が舞台の短編を書いたころは僕もそのあたりに住んでいたし、都心住まいのころなら街の描写もそうなっていたし。ただ、実体験に根差して書いたというわけではなく、もっと場所ごとの空気感全体を反映させた感じで、そこが作品の魅力になったと思います」

表題作は、そこそこ名の知られたミュージシャンが主人公。誰かのストーカーらしい女性を自宅マンションの近くで見かけ、気になり始める。ところが、彼自身が一緒に暮らしている恋人も実は…というねじれがあり、奇妙な関係性のサスペンスになっていく。後につづく11編も、得体の知れない人間たちの内奥に踏み込んでいくゾクゾク感がたまらない作品揃い。

「初出が2013年や2015年の古いものはいろいろ手を加えたい衝動もあったけれど、たとえて言えば再建築不可の土地に建てた妙に魅力的な家みたいなもので、いまからああいうものは作れないから残しておこう、と(笑)。全体のトーンを意識して選んだのですが、滞りなく進んでいるように見える日常の中に転落を回避できるヒントはあって、だけどそれを見ることができないまま『こんなはずじゃなかった』という展開になだれ込んでいくのが多かったですね」

被災地を旅したときの違和感を抱えたままで迎える東京オリンピック誘致や感染症騒ぎ、ウクライナ侵攻など世界の不条理に憤る主人公の心理を細やかにたどる「渋谷と彼の地」など、現実の社会問題をモチーフにした作品も収録。そこには、羽田さん自身の風刺的視点や批判的な本音も織り込まれている。

「僕自身がずいぶん前に出ていると感じる人もいるかもしれないけれど、エッセイだったらトピックのAとBをこんなに強引につなげて一つの世界に放り込んだりはしないんですよ。なのでやはり、この作品も小説なんです」

Profile

羽田圭介さん

はだ・けいすけ 1985年生まれ。作家。2003年、「黒冷水」で文藝賞を受賞しデビュー。2015年、『スクラップ・アンド・ビルド』で芥川賞を受賞。『滅私』『タブー・トラック』など著書多数。写真・池田博美

『バックミラー』

Information

スラップスティック、マジック・リアリズム、ブラックユーモア、ホラーサスペンス…。羽田ワールドらしい多彩なテイストが楽しめる。河出書房新社 2200円

写真・中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子

anan2447号(2025年5月21日発売)より

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