作家デビュー25周年! 伊坂幸太郎「“なにを言っているか分からないけれどすごい”という部分もあるのが理想」

エンタメ
2025.01.23

伊坂幸太郎『楽園の楽園』

人工知能「天軸」の暴走で災厄に見舞われた後、小康状態を迎えた近未来。所在の分からない「天軸」と開発者の〈先生〉を捜し出す任務を与えられたのは、五十九彦(ごじゅくひこ)、三瑚嬢(さんごじょう)、蝶八隗(ちょうはっかい)の3人だった――伊坂幸太郎さんの新作『楽園の楽園』は、彼らの旅を井出静佳さんの美しい装画・挿絵で彩るショートストーリー。

作家デビュー25周年を迎えた著者が贈る、美しい一冊。

執筆のきっかけは意外なところにある。以前、8組の作家たちが同じテーマで競作する〈螺旋〉プロジェクトという企画があったのだが――。

「僕も企画に参加して『シーソーモンスター』という小説を書きました。その時の担当編集者から、もう一度似た企画を違う作家陣でやるので、つきましては何か“物語の種”になる短編を書いてくれませんか、と言われたんです」

新企画のテーマは“楽園”。そこから理想郷ではなく、終末的世界を思い浮かべたのはどうして?

「参加作家さんたちのインスピレーションになるものがいいなと考えたんです。それに、やっぱり自分が今抱えている不安みたいなものが小説の中に入ってきてしまうんですよね。何度も書き直して、爽やかに終わる話にしたつもりなんですけれど」

主要3人の名前からは、誰もが『西遊記』を思い起こすはず。

「昔から『西遊記』に出てくる、運動神経の悟空、食欲や性欲の猪八戒、思索的な沙悟浄という組み合わせがいいなと思っていました。それで、これも他の作家さんたちのインスピレーションに繋がるんじゃないかと考えて設定しました」

世界の秘密を探るべく、旅を続けるこの3人。道中、三瑚嬢が語ることが印象的だ。「人間は、どんなものにも理由があって、どんなものにもストーリーがあると思いこんでいるわけ」などと、人が物事に因果関係を求めがちだと指摘するのだ。デマや陰謀論にハマる現代人の心理を突いているともいえる。

「僕自身がすぐデマに騙されるので、自戒を込めました(笑)」

また、たびたび言及されるのは、井伏鱒二の『山椒魚』だ。

「最初に書いた時、『山椒魚』のエピソードはなかったんです。でも、こうした終末の話を辛く感じる読者もいるかもしれないので、心の拠り所があるといいと思って加えました。僕は高校生の時に教科書で『山椒魚』を読み、最後の蛙の言葉に感動したんですよね。山椒魚に閉じ込められた蛙が、〈今でもべつにお前のことをおこってはいないんだ〉と言う。あえてそう口にするところに、寛容さみたいなものを感じました」

物語の種として書かれた物語なだけに、分かりやすい解答が提示されるわけではない。ここで描かれたことをどう受け止めてフィードバックするのか、読んだ人皆に託されているように感じられる。

「そもそも僕自身、分かりやすい話ではつまらないと思うほう。分かりやすさもありつつ、“なにを言っているか分からないけれどすごい”という部分もあるのが理想です。宮﨑駿さんや庵野秀明さんの作品なんてそうですよね。その塩梅に悩みながら25年やってきた気がします」

そう、伊坂さんは今年、作家デビュー25周年を迎えた。

「自分の得意技はもう全部、作品に書いちゃったので、きついなと思っていて。でも奥さんに“50代の間に1冊、代表作を書けばいいんじゃない”と言われてちょっと楽になりました。編集者とも、もう一花咲かせようと話しているところです」

PROFILE プロフィール

伊坂幸太郎

いさか・こうたろう 2000年『オーデュボンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞してデビュー。’08年『ゴールデンスランバー』で本屋大賞と山本周五郎賞、’20年に『逆ソクラテス』で柴田錬三郎賞など受賞多数。

INFORMATION インフォメーション

『楽園の楽園』

大停電、強毒性ウィルスの蔓延、大地震…。数々の災厄の原因は人工知能「天軸」の暴走か。選ばれし3人が「天軸」とその開発者を捜す旅を命じられ…。物語の各所にちりばめられた井出静佳さんの美しいイラストの数々にも注目。中央公論新社 1650円

インタビュー、文・瀧井朝世

anan 2431号(2025年1月22日発売)より

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