決めつけられないバランスの“悪”を目指して。
—— 本作の魅力を教えてください。
地方の村社会を描いたスリラーですが、撮影段階で城定監督から私と若葉さんが演じる夫婦を善人には見せたくないと言われていました。なにを幸せに感じるか、なにを不快に感じるかというのは置かれた立場によって全く違いますよね。例えば、子供を生む前と後では価値観が大きく変わってくると思うし、 映画ひとつとっても育った環境や置かれた立場、年齢によって感じ方が全然違うはず。そういった必ずしも決めつけられない感覚は、監督と脚本の内藤さんがこだわって作っている世界観だと思いますし、この映画の楽しみ方の1つになってるのかなって思います。
—— 深川さんご自身は演じた杏奈というキャラクターをどのように感じましたか?
杏奈は思っていることが言葉や顔にすぐ出る人で、行動できる強さを持っている人。私自身子供はいないですが、愛犬のことを子供のように可愛がっていてとても大事な存在なので、そういう愛おしさやこの子を守るためならなんでもできるという想いは近いのかなと想像しました。また、出身が静岡なので距離感の近さやご近所さんからのお裾分けといった田舎特有の文化も身近なものとして読むことができました。
—— 監督とはどのようにコミュニケーションをとられましたか?
細かい指示はあまりなかったのですが、印象的だったのは杏奈がリモートで打ち合わせをしているシーン。脚本にはなかったのですが、直前に貧乏ゆすりをしてほしいと言われて、どういうカットになるのかと思っていたら、貧乏ゆすりをする足元と愛想笑いをワンカットで撮影されていて、気持ちの二面性が伝わる面白いシーンになりました。
——『愛がなんだ』(2018)以来、二度目の共演となる若葉竜也さんとのお芝居はいかがでしたか?
役作りに関して細かく話すということはあまりなかったのですが、ほかのみなさんのキャラクターがとても濃いので、起こることを自然体で新鮮に感じることを大事にしようということは互いに意識していました。前回の共演から時間はたっていましたが、若葉さんは変わらずに作品や現場に対して常に真摯な人。誰に対してもフラットに接してくれるので、不安なく撮影を進めることができました。
—— 曲者揃いの本作ですが、印象に残っているシーンはありますか?
三橋さんと片岡さんが演じる夫婦は、どこか切なさを感じる部分があってすごく好きです。また、田口さんと杉田さん演じる田久保さん夫婦のなにかを隠しているような張り付いた笑顔がとにかく不気味。後半の田久保さんが追い詰められて、奥さんに助けを求めて玄関を開けたらとっさに締め出されるシーンは思わず笑ってしまいました。コメディじゃないのに、必死になった人間の滑稽さが見方によってはクスリと笑えるシーンにもなっていて。いわゆるホラー作品ではないので、怖いのが苦手という方にもぜひ楽しんでいただきたいです。
グループの看板が外れたことで、気づいたこと。
—— こういった閉鎖的な独自のコミュニティというのは、親族や学校、会社など意外と身近なところにも存在するのかなと思いました。深川さんご自身、これまでを振り返ってカルチャーショックを受けた経験はありますか?
お仕事でフランスに行ったときに、現地の方の働き方に驚きました。日本では残業も当たり前、とにかく頑張って働くことが美徳となることが多いですが、海外では仕事以外の家族や友人との時間を充実させるために働くという価値観が浸透していて、夕方には仕事を終えて川辺でおしゃべりしている大人たちがたくさんいるんです。時間の使い方がこんなにも違うんだというのは軽いショックを受けました。
—— 乃木坂46という大所帯のアイドルから女優へと転向されたことで変化もあったと思うのですが、そういった面ではいかがですか?
アイドルグループという看板が外れたことで、現場での立ち居振る舞いや過ごし方には変化がありました。取材でも、以前はメンバーと一緒だったので「この子が衣装について話したから、私は楽曲について話そう」など、グループでのバランスをとって、言葉選びも誤解されないような伝え方をいつも意識していたのですが、個人で活動するようになってからはもっと自分の気持ちを言葉にすることの大切さを考えるようになりました。
—— 現場でのコミュニケーションにおいて気をつけていることはありますか?
目を見て話すことや挨拶といった基本的なことはやっぱり普段から意識していきたいなと思っています。また、撮影現場では今話しかけたら迷惑かな?と気にして躊躇してしまうこともあるのですが、自分が主演の時などはみなさんが気持ちよく過ごせるように、自分から話しかけるようにしたりと気にかけたいと思うようになりました。
—— 深川家独自のルールのようなものはありますか?
自由な方針の家庭だったので、ルールや決まり事は少なかったように思います。ほかと違うなと思うのは、お好み焼き。我が家では正方形に切った細かいたくあんが入っているのですが、ほかでは聞いたことがないので母のオリジナルかもしれません。
逆算は苦手でも、大事な場面で冴える直感力。
—— 映画の終盤で杏奈は一世一代の行動に出ますが、深川さんのこれまでを振り返って一番のターニングポイントというのはいつだったと思いますか?
やはり上京、そして乃木坂の加入と卒業が大きな転換点だったと思います。
—— それらの大きな決断はその都度ご自身を駆り立てるようなものがあったのでしょうか?
大きな選択ほど「今だ!」とか、「こっちだ!」と直感ですぐに決められるタイプみたいです。逆に、不思議とどうでもいいことほどくよくよ悩んじゃうんですよね。
—— 大きな決断をするときは一気に思考がクリアになるんですね。
乃木坂を卒業するときも、「このタイミングだ!」という瞬間があって。どんな決断も結果的に後悔したことはないので、自分を信じてよかったと思っています。むしろ、自分自身の大きな決断を人に委ねてしまうとその先でうまくいかないことがあったときに人のせいにしたくなってしまうような気がして嫌なんです。自分で決めたことはなにがあっても自分の責任だし、悔いがない気がするので昔から大事なことは自分で決めるようにしています。
—— やってみたいことは計画的に進めるタイプですか?
実はそうでもないんです。自分には逆算力が足りないなと、同世代の俳優さんと話していても感じることが多くて。何歳のときにこうなるために、今こうやって努力しているというような話を聞くとすごいなっていつも思ってしまいます。こういう取材でも目標について聞かれるとどう答えていいか分からないんですよね。いつも行き当たりばったりというか、目の前にあるものしか見えていなくて、終わったら次みたいな感覚で先をあまり見据えられていないんです。
—— 好きなことをお仕事として形にされている印象があったので、意外でした。
私の場合は、運みたいなものが大きいかもしれません。でも、ひとつ大切にしているのは言葉にすること。言霊じゃないですけれど、好きなことややりたいことを口にしていたら、回り回ってお仕事につながったりすることもあるので、きちんと言葉にしていくことって大切だなと実感しています。
深川麻衣さんの、いま好きなこと。
洋服のリメイクやシルバーアクセサリー作り、陶芸など昔から手でなにかを作ることがすごく好きで、最近はビーズアクセサリーにハマっています。手を動かしていると無心になれるんですよね。頭に思い描くものを形にするのも楽しいですし、私にとってはいいリフレッシュの時間になっています。専門店に行くと目がくらくらするくらいたくさんのパーツが売っていて、かわいいと思うものを自由に組み合わせてなにを作ろうかなといつも想像しています。
INFORMATION インフォメーション
©2024映画「嗤う蟲」製作委員会
映画『嗤う蟲』
『アルプススタンドのはしの方』(2020)など、数多くの映画、ドラマを手掛けてきた城定秀夫監督の最新作。『ミスミソウ』(2018)の内藤瑛亮とともに脚本を書き上げた本作は、日本各地で起きた村八分事件をもとに、実際に存在する“村の掟”の数々をリアルに描き、現代日本の闇に隠されているムラ社会の実態を暴いたヴィレッジ《狂宴》スリラーに仕上がっている。
監督/城定秀夫
脚本/内藤瑛亮、城定秀夫
出演/深川麻衣、若葉竜也、松浦祐也、片岡礼子、中山功太、杉田かおる、田口トモロヲ
2025年1月24日(金)新宿バルト9ほか全国ロードショー
PROFILE プロフィール
深川麻衣
2017年舞台「スキップ」で初主演。2018年には主演映画『パンとバスと2度目のハツコイ』でTAMA映画賞最優秀新進女優賞を受賞。主な出演作として、『愛がなんだ』(2019)、 『パレード』(2024)などがある。『おもいで写眞』(2021)、『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(2023)では主演を務め、昨年は舞台「他と信頼と」、朗読劇「ハロルドとモード」(2024)などでも活躍の幅を広げている。