音楽・菅野祐悟さんに聞く、劇場版『名探偵コナン』の劇伴の世界。
劇場で公開されるアニメ作品のサウンドトラックを数多く手掛けてきた、作曲家の菅野祐悟さん。そんな菅野さんをしても、『名探偵コナン』の劇場版の仕事は、かなりのプレッシャーがあったそう。
「昨年公開された『ハロウィンの花嫁』が、最初に担当させていただいたコナン作品ですが、お話をいただいたときは不安がたくさんありました。というのも、『名探偵コナン』という作品は、マンガ、TV、映画と歴史も長く、すでにファンの方に愛されている音楽も存在しているわけで、そこに自分が参加するというのは、大きなプレッシャーだったんです」
コナンのシリーズは、劇伴を作る作曲家なら誰でも憧れるビッグタイトルである、と菅野さん。だからこそ、喜びと同時に責任という大きな重荷を課せられる、とも。
「でもプロデューサーや監督は、“菅野さんの、新しい音楽を作ってください”とおっしゃってくださったんです。信頼してくださる以上、恐れず、忖度をせず、いい音楽を作ることが、ファンの皆さんを裏切らないことになるのではと思い、向き合う決心をしました」
前作では長年コナンの音楽を作ってきた作曲家の大野克夫氏からアドバイスをもらい、おなじみのメインテーマを斬新にアレンジ。そして今作『黒鉄の魚影』は2作目となる。
「自分的には1作目は、大野先生、監督やスタッフ、そしてファンの皆さんによる審査だったような気がします(笑)。今回は、前作に比べると少しだけ肩の力が抜けたかなとは思いますが、やはり皆さんの“年に一度の宝物”を素敵なものにするべく、全力を投じる覚悟で曲を作りました」
劇伴を作る際、菅野さんが最初に手を付けるのはメインテーマ。コナンのテレビや劇場版で幾度となく流れる、あのメロディだ。
「まず、コナンのテーマソングはもはやすべての人にとってマスターピースのような存在です。これは前作のときに考えたのですが、新参者である僕があの曲に対してやるべきことは、そのクオリティの高さで長年愛されている老舗のお店をリニューアルする、みたいなことだと思ったんですよね。そして、映画にとってメインテーマとは、その映画の世界観や主題の提示において、大きな役割を果たすものです。例えば、レトロな気持ちで観てほしい場合はレトロな雰囲気のサウンドを、あるいは最先端のキラキラした作品として観てほしい場合はそういった音でメインテーマを作ることで、観ている人をその音の世界に誘うことができる。今回は、この作品を観たときに“2023年の音楽って、こういう感じ!”という気分を感じてほしかった。なので世界的な音楽のトレンドを意識し、さらに広い太平洋に浮かぶ〈パシフィック・ブイ〉という施設が舞台なので、海が持つ大きなスケール感も、テーマ曲で表現したい、という気持ちがありました」
映像を作る作業と音楽を作る作業は並行して行われるため、出来上がった作品を観ながら音楽を作る、というわけにはいかない。脚本を何度も読み、そのシーンに対する想像を膨らませ、メロディを紡ぐのだろうか…?
「一般的にアニメの劇場版の場合、脚本はほとんど出来上がっていて、あと絵コンテも上がっていることが多いです。そして音楽のオーダーは、“このシーンに2分57秒の音楽をつけてください”という感じなんですね。劇伴って、曲が流れるわけですが、シーンによってはセリフがかぶることもあるし、場面転換と重なることもある。できれば僕は、声や映像にとって効果的な音楽を作りたいんです。例えば、セリフが入ってきた瞬間だけメロディを抜き、セリフを際立たせるとか、あるいはカットの変わり目に音をぱっと切り替えたり、といった感じになるのが理想。なので僕はいつも、絵コンテを繋いで動画にし、さらに仮のセリフを入れてもらう、〈動画コンテ〉を作ってもらっています。それがあると、シーンの長さはもちろん、その場面の感情や雰囲気、テンションが掴める。スタッフの方の仕事を増やしてしまって申し訳ないのですが、それがあったほうが、絶対に音楽のクオリティが上がると信じています。今回もそれをいただけたので、映像に寄り添い丁寧に音を作ることができました」
今回はオファーからデモの提出まで約3か月で、メインテーマのアレンジに加え、45曲もの新曲を作曲。素人からすると、時間が少ないような感じがするが…。
「いい音楽を生み出すのに大事なことは、その曲にどれだけ長い時間をかけるかというよりは、どれだけピントを合わせられるか、だと僕は思っていて。音楽って正解がないものだから、いくらでも悩み続けることができる。でも、矛盾するかもしれませんが作曲家の中にきちんとビジョンがあれば、正解は存在するわけで、いろいろと音をこねくり回しているときに、〈自分の中の正解〉にピタッとピントが合う瞬間が絶対にくる。そこにたどり着けるかがとても重要。ビジョンが見つからないうちに曲を書き始めても、なかなかうまくいきません」
また、作品の世界観といかにシンクロさせるかも重要なポイント。
「2時間のスケール全体を眺めた上でワンシーンをぐっと近くで見つめる。2つの視点を持つことで、そのシーンがどういう音楽を求めているのかがよりクリアになってきます。さらに、もしかしたら最も大切なことかもしれませんが、僕自身が本当の意味で心を震わせて曲を書いているかどうか。それがないと、最終的にはいい音楽にはならないと、僕は思っています。まっさらな頭に監督やプロデューサーが求めるもの、そしてファンが求めるもの、さらに世界のトレンドなどさまざまな要素をインプットし、その上で、自分自身の心が最も震える最適解を見つけ出す。そのために、常に自分の感性を研ぎ澄ませていたいです」
劇伴づくりは、監督をはじめとしたスタッフとデモテープを通して心のキャッチボールをしている感覚、と菅野さんは言う。
「自分が納得できる曲ができれば嬉しいですが、劇伴の場合、まずはやっぱり監督に喜んでもらわないとダメなんですよね(笑)。やり取りをする中で、“すごく良かったです”などの声をかけてもらえると、すごくホッとするし、嬉しい気持ちになる。コナンファンの皆さんとは直接会う機会はないですが、SNSを通じて思いは感じていますし、単純に“何百万人来場した”といったニュースを聞くと、それだけの方にこの音楽が届いたのかと、本当に嬉しくなります。実はまだ、今日の段階では完成した作品を観ていないので、映画館の素晴らしい音響で観られる日を楽しみにしています」
かんの・ゆうご 作曲家、音楽プロデューサー。大河ドラマ『軍師官兵衛』、連続テレビ小説『半分、青い。』、ドラマ『罠の戦争』など、実写やアニメの劇伴を多く手掛ける。
『名探偵コナン 黒鉄(くろがね)の魚影(サブマリン)』 劇場版26作目は、東京の八丈島近海に建設された、海洋施設が舞台。コナンと灰原たちと、宿敵である〈黒ずくめの組織〉の全面戦争が勃発! 忍び寄る黒い影から二人は逃げられるのか? そして組織の目的とは? ゲスト声優に沢村一樹を迎え、主題歌はスピッツが担当。原作/青山剛昌 監督/立川譲 脚本/櫻井武晴 主題歌/スピッツ「美しい鰭」
©2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会
※『anan』2023年4月26日号より。
(by anan編集部)