今一番アツい分野、抗老化研究に迫る!
老化研究の第一人者である医師・医学博士の根来秀行さんによると、今、アンチエイジングの研究が急速に進んでいるという。
「研究が進んだきっかけのひとつは、1998年に見つかった“age‐1(エイジワン)”という線虫が持つ遺伝子です。age‐1が働かないようにすると、線虫の寿命が1.5倍も延びることが発見されたのです。そこから、老化と遺伝子の研究が盛んになりました」
最新の研究が明らかにした老化の原因は様々だが、元凶は細胞のダメージにある、と根来さん。
「シワやたるみ、関節炎といった病気など、様々な老化の原因を突き詰めると、細胞の損傷に行き着きます。そして、細胞の損傷を防ぐ、すなわち老化を防ぐ手立ても色々と分かってきました。実践すれば、何歳になっても健康で若々しくいられる可能性が広がります。ぜひ、実践してみてください」
老化が進むメカニズム
老化の根本原因は、私たちの体の中におよそ60兆個もあるといわれる細胞にあった! そのメカニズムを、ステップごとに勉強しよう。
1、細胞が傷つく
紫外線やストレス、睡眠不足…。細胞はいろんな要因から悪影響を受けるけど、それによって体内で起こる具体的なダメージの内容は、主に“酸化”“糖化”“炎症”に集約される。そこでまずは、この3つのダメージが起こる仕組みを理解しよう。
酸化
細胞内のミトコンドリアが酸素をもとにエネルギーを作ると、活性酸素やフリーラジカルという排ガス的なものが発生。この排ガスがタンパク質や酵素を傷つけて、細胞に損傷が発生。いわば、細胞が“サビ”て劣化する状態。
糖化
糖分を摂りすぎたりすると、余った糖がタンパク質や脂質に取りついてAGEs(エイジズ=最終糖化産物)が発生。細胞を構成するタンパク質などが硬く劣化する。食品のコゲも糖化現象なので、“コゲ”と呼ばれることも。
炎症
ウイルスや細菌などの外敵を排除するために起こる、体の免疫反応のこと。炎症は慢性化すると正常な細胞まで攻撃するようになり、病気の原因に。この様子がボヤの広がりを思わせるので、炎症は“火事”に例えられる。
2、細胞が分裂する
酸化、糖化、炎症などでダメージを受けると、細胞はやがて死んでしまう。するとその穴埋めをするために、特別な能力を持った細胞が分裂して新しい細胞を作る。この特別な細胞が、“幹細胞”と呼ばれるもの。
3、細胞が減少する
幹細胞も、ダメージを受けたり度重なる分裂で消耗し、やがては死んでしまう。すると穴埋めをする細胞がいなくなるので、内臓や皮膚などあらゆる器官に不具合が生じて病気になってしまう。そんな不具合全般を、“老化”と呼ぶ。
抗老化研究のHOT TOPICS
老化を防ぐために大昔の生命が獲得した遺伝子や、ダメージを受けた細胞のゾンビ化、その治療薬など世界の研究者が明らかにした最新のトピックスに注目!
1、分裂ダメージを防ぐ“しっぽ” テロメアを守ろう。
細胞の死=体の老化を防ぐカギとして、今“テロメア”というパーツが注目を集めている。
「テロメアとは、DNAの端についた“しっぽ”のようなもの。細胞は分裂するときDNAを複製しますが、仕組み上、複製するたびに端の部分が切れてしまう。そこで代わりにテロメアが短くなることで、DNAを守っているんです」
テロメアが限界まで短くなってDNAに危険が及ぶと、細胞はそれ以上分裂しなくなる。
「ところが中にはテロメアが短くならず、分裂し続ける細胞もいます。その代表が、ガン細胞です。ガン細胞ではテロメラーゼという酵素がテロメアを伸ばして、長い間分裂を続けることが分かっています。この酵素を利用すれば細胞の老化を、つまりは体の老化を防ぐことができるかもしれません。ただしテロメラーゼを活性化することで細胞がガン化してしまう恐れもあるので、慎重な研究が求められています」
2、先祖が確立した生存戦略、サーチュイン遺伝子を起こせ。
約40億年前、まだ人間も恐竜さえも存在しなかった地球に、細胞を持った生命が誕生する。細胞は分裂して数を増やそうとするが、環境が過酷な原始世界ではすぐにDNAが傷つき、細胞は死んでしまう。ところがあるとき分裂よりも傷ついたDNAの修復を優先するよう指令を出す遺伝子が、突然変異によって現れた。この遺伝子こそ、私たちが現在持っている“サーチュイン遺伝子”の先祖だと考えられている。
「サーチュイン遺伝子はDNAを修復するためのスイッチのようなもので、“長寿遺伝子”と呼ばれています。サーチュイン遺伝子がONになってDNAを修復すれば、細胞の老化やガン化を防ぐことができます。ところがサーチュイン遺伝子は、本来過酷な環境下で働くもの。食べ物が豊富で環境も良好な現代では、OFFのまま。そこでサーチュイン遺伝子をONにするべく、カロリー制限などの健康法が脚光を浴びています」
3、体中に火事を広げるゾンビ細胞に要注意。
テロメアが短くなって分裂できなくなった細胞は、“老化細胞”と呼ばれる。老化細胞は、普通ならマクロファージという免疫細胞に分解されて一生を終える。ところが、なかにはそのまま居座るゾンビのような細胞が存在することが、最近明らかになった。
「居座る老化細胞が体にどんな影響を与えるのか、完全には判明していません。しかし、炎症性サイトカインという物質を出して慢性炎症を広げること、ガンの原因になり得ることは分かっています。そのため老化細胞だけを取り除く方法の研究が進み、2021年には東京大学の研究グループが“GLS1阻害剤”というものを開発しています。しかし先ほどもお話ししたように、老化細胞はまだ全容が不明です。さらに、老化細胞が炎症を広げることで、細胞や組織が修復されるというプラスの面もあるのです。老化細胞を除去することが本当に体にとってよいのか、見極める必要があります」
4、遺伝子のスイッチをON&OFF。エピゲノムを正常に保つ。
“エピゲノム”とは、どのDNAを働かせてどのDNAを休ませるかなどを決める仕組みのこと。DNAは生まれつき定まっているが、エピゲノムは環境などの影響を受けて、一生の間に変化する。全く同じDNAを持つ一卵性の双子でも、エピゲノムが異なればかかる病気に違いが出たり、シワやシミの数に差が出たりする。
「エピゲノムが狂うこと自体が、老化の要因のひとつと考えられています。たとえばDNAがオーケストラ、エピゲノムが指揮者だとします。オーケストラは正常でも、指揮者がミスをすると曲がどんどん乱れてしまいますよね。同じように、酸化や炎症でダメージを受けてエピゲノムが狂うとDNAが正常に働かなくなり、ガンをはじめ様々な病気を引き起こすことが分かってきました。現在はエピゲノムを調べることで病気のリスクを診断したり、エピゲノムの異常をリセットすることで病気を治療する研究が進められています」
根来秀行さん 医師、医学博士。ハーバード大学医学部客員教授、ソルボンヌ大学医学部客員教授。新型コロナ感染症の新しい治療の仕組みを解明するなど、研究が注目を浴びる。近著『老化は予防できる、治療できる』(ワニ・プラス)も話題に。
※『anan』2022年11月23日号より。イラスト・伊藤ハムスター 取材、文・風間裕美子
(by anan編集部)