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小島秀夫「歳を重ねていくと映画の見方は変わるものの、好きなものは永遠だ」 “リバイバル”の魅力

エンタメ
2024.05.11
小島秀夫の右脳が大好きなこと=○○○○●を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き○○○○●」。第13回目のテーマは「“りばいばる”を“もう一度”」です。

忘れられない歌を 突然聞く
誰も知る人のない 遠い町の角で
やっと恨みも嘘も うすれた頃
忘れられない歌が もう一度はやる 「りばいばる」(注1)

中島みゆきの曲を研ナオコが歌う『中島みゆき作品BESTアナログ』のバイナル盤が発売された。ターンテーブルにLPを載せ、“りばいばる”というかつてのヒット曲に針を落とした。僕がこの曲を好きなのは、メロディが沁みるだけではない。流行歌には当時の個人的な記憶がいつまでも付いてくる、という歌詞にある。忘れてしまいたかった当時の記憶が、歌と共にフラッシュバックするからだ。

いつか君といった 映画がまたくる
授業を抜け出して 二人で出かけた
哀しい場面では 涙ぐんでた
素直な横顔が 今も恋しい
雨に破れかけた 街角のポスターに
過ぎ去った昔が
鮮やかに よみがえる
君もみるだろうか「いちご白書」を
二人だけのメモリィー
どこかでもう一度 「『いちご白書』をもう一度」(注2)

同じリバイバルでも「『いちご白書』をもう一度」のように、思い出の映画が再び上映されることで、当時の青春時代を懐古するという歌もある。『いちご白書』(1970)は、学生運動を扱ったアメリカンニューシネマの佳作だ。まだカップルとは言えない恋人未満の若い二人が映画を観た記憶を共有する。こういう経験は誰にでもあるはずだ。映画の詳細は覚えていなくとも、当時の淡い思いは大切に胸の奥に仕舞っているはずだ。

ビデオもサブスクもない時代、映画は公開時に劇場で観るほか、機会はなかった。そうなると記憶に残るのは映画の内容だけではない。だからこそ、映画館での体験は特別なものになったのだ。朝なのか? 夜なのか? どの映画館で? 誰と――それは、恋人なのか、初デートなのか? 気まずい倦怠期なのか? それとも家族、友達、学校や会社の仲間と一緒なのか? あるいは一人で? さらには、その時の社会情勢や、自分が置かれていた状況、テンション、幸福度が、クラスターの様に映画とひとつの記憶に仕舞われている。劇場映画体験とはそういうものだったのだ。AIが勧めるサブスク映画を、お手軽なスマホやタブレットで消費する今の映画体験には、その感覚はほぼないと言える。

一方で、最近は古い映画をデジタル修復してリバイバル上映することが増えた。

若者たちは、音楽も映画もサブスクで受動的に消費して、劇場にはあまり足を運ばない。それは映画を巡る生活習慣が変化したからだ。昨今のリバイバル上映は、映画に特別な記憶のある世代を呼び戻すための秘策のひとつとなっている。かつてのフィルムによるリバイバルとは違い、デジタルリマスターした素材を使って修復された上映だ。劇場側の設備も改善され、4K上映が主流になってきている。しかも、驚くのは誰もが知っているような名作や傑作だけではなく、シネフィルたちの眼鏡に適うようなカルト作が多いことだ(注3)。

そんな中、マカロニ・ウエスタンの代名詞ともなる「ドル3部作」(注4)の4Kデジタルリマスター版が先日、リバイバル公開された。僕も影響を受けた作品たちだ。中でも一番のお気に入りは、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗(The Good, the Bad and the Ugly)』。BDで定期的に観直しているものの、劇場の巨大スクリーンでの再会ともなると話は違ってくる。178分という長尺の上映時間のため、予定がなかなか合わず、やむを得ず、平日の午前からの回を予約した。

映画館に入ると、驚いた。あきらかにシニアな人たちばかり。中には杖をついて必死に階段を上がってくる人もいる。後方の座席に座ると、白髪と禿頭ばかりが目立つ。仲良く並んでいる老夫婦もいる。僕は感動した。彼らは“映画と共に生きていた”のだ。映画館での特別な体験に、今も価値を感じているのだ。老いても忘れることなく、「ドル3部作」をずっと愛しているのだと。

映画が始まる。スクリーンの中の溢れんばかりの欲望と勝機を持て余したクリント・イーストウッドやリー・バン・クリーフたちは、歳をとらず、あの頃のままだ。子供の時の初見は“GOOD”に、悪ガキ時代には“BAD”に、歳をとると“UGLY”に共感する。歳を重ねていくと映画の見方は変わるものの、好きなものは永遠だ。僕らは、映画を観て、過去を回想するだけではない。映画を観ている間、少年少女のように若返るのだ。時間を巻き戻すのではなく、再び生き返る。エネルギーが満ちる。まさにリ・サバイバル。映画にはそんな力もあるのだ。

帰宅すると、部屋のターンテーブルには、“りばいばる”が鎮座している。僕は、忘れられない歌を、忘れないようにと、もう一度、回した。

注1:「りばいばる」 作詞・作曲 中島みゆき 1979年にリリースされた中島みゆきの7枚目のシングル。1984年に研ナオコがカバーした。
注2:「『いちご白書』をもう一度」 作詞・作曲 荒井由実 1975年、バンバンが歌い上げたフォークソングの傑作。
注3:ダーレン・アロノフスキーのデビュー作『π』(1998)、ブライアン・デ・パルマの初期作品『悪魔のシスター』(1973)、クエンティン・タランティーノのデビュー作『レザボア・ドッグス』(1991)、’70年代SF映画の金字塔である『ソイレント・グリーン』(1973)など、映画ファンのツボを絶妙に突いてくるタイトルが多く上映されている。カルト作品ではないが、あの『ローマの休日』(1953)も昨年70周年記念ということで、劇場での4K版リバイバルを実現している。こちらは城達也と池田昌子による日本語吹替版。
注4:「ドル3部作」 クリント・イーストウッド主演、セルジオ・レオーネ監督、エンニオ・モリコーネ音楽という伝説のマエストロたちによる3作品『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』のこと。
JASRAC出2402943‐401

今月のCulture Favorite

小島秀夫

TBS系で放送中のドラマ、日曜劇場『アンチヒーロー』の撮影現場で、長谷川博己さんと一緒に。

小島秀夫

こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。’87年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。

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「The Game Awards 2023」にて発表した、最新作『OD』の公式ティザートレーラーが、KOJIMA PRODUCTIONSの公式YouTubeチャンネルで公開中。https://youtu.be/j1pnFI1r8N0

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『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』の第2弾トレーラーが公開中。https://youtu.be/vtvQHMHXn4g

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先日、完全新作オリジナルIP『PHYSINT(Working Title)』の制作を発表。https://youtu.be/WjPc9QI3hjY

★次回は、2400号(2024年6月5日発売)です。

※『anan』2024年5月8日‐15日合併号より。写真・内田紘倫(The VOICE)

(by anan編集部)

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