温暖化で都市部が水没し、貧富の差が激しくなった近未来。元軍人ニックは相棒ワッツとともに、客に記憶を追体験させるビジネスを営んでいた。ある夜、失くした鍵を探したいという女性が飛び込んでくる。メイと名乗る美女に惹かれたニックは翌日、彼女がシンガーとして働くバーを訪れる。ステージに立つメイがニックの大好きな歌「Where or When」を歌ったのは偶然、それとも運命? 結ばれた二人だったが、幸せの絶頂期にメイは忽然と姿を消す。
人の記憶を立体映像として再現するSF的な装置が重要な役割を果たすが、雰囲気はネオ・ノワール調。しかも物語を牽引するのが謎解きなのでミステリーに分類することもできる。しかし美しくも切ない愛を描くラブストーリーでもあり、観る人の感情をさまざまに揺さぶる作品だ。
物語を展開させる謎解きは、ギャングと戦う検察の証人の登場で加速する。瀕死の男から呼び起こした記憶で、麻薬で荒稼ぎするギャング、セント・ジョーとメイが過去に関係があったことを知ったニックは、恋人の行方を知る手がかりを求めてギャングのアジトに乗り込む。命を危険に晒しながら彼女を知る人々の記憶を再現し、恋人を追跡するニックはやがてメイとの出会いが偶然ではなかったことに気づく。果たして彼女の目的は? ニックは悪女にただ利用されていただけなのか?
次々に浮上する疑惑に対し、記憶映像やちょっとした思い出が答えを出していく展開は、製作者ジョナサン・ノーランと兄クリストファー・ノーラン監督の名を有名にしたサイコスリラー『メメント』を彷彿させる。実際、観る前はノーラン的なSFスリラーと思い込んでいたが、観てビックリ。語り口は実にロマンティックだし、ニックとメイの愛情描写や主要な登場人物の心理描写も繊細で、いい意味で女性的なのだ。と感じていたから、エンドクレジットでジョナサンの愛妻リサ・ジョイが監督と知って納得。愛した女性を捜して奔走するニックの姿が、ヒロインをひたむきに愛するロマンス小説のヒーロー風なのも腑に落ちた。ニック役のヒュー・ジャックマンとメイを演じるレベッカ・ファーガソンの相性がこれまた抜群で、運命の恋人にしか見えない。だからこそ二人の間にあったのが真の愛であってほしいと願わずにはいられないし、彼女を知る人間の記憶で明らかになるメイの真実に心打たれた。ハリウッドが作り上げたファム・ファタール(魔性の女)のイメージを大きく変えている。これが劇場長編デビューとなったジョイ監督は、メイやワッツ、そして終盤に登場する富豪妻といった女性キャラクターの描き方が巧みだ。どの女性も弱さと強さを併せ持ち、悲しさを胸に秘めて幸せを求める複雑なキャラクターであり、女性ならば共感できる部分が多いだろう。
物語に深みを与える映像美についても触れておきたい。水没したマイアミはヴェニスのような雰囲気を醸し出し、記憶を視覚化するために新たな視覚効果技術も開発されているという。ジョイ監督と夫ジョナサンがショーランナーを務めたTVシリーズ『ウエストワールド』のチームも関わった映像美は、観る人を圧倒するはずだ。
『レミニセンス』 監督・脚本・製作/リサ・ジョイ 出演/ヒュー・ジャックマン、レベッカ・ファーガソン、タンディ・ニュートン、クリフ・カーティス、ダニエル・ウーほか TOHOシネマズ 六本木ヒルズほか全国公開中。©2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved
※『anan』2021年9月29日号より。文・山縣みどり
(by anan編集部)