小柄なメスの猫村さんを演じるのは、身長188cmの松重豊さん。この意外性たっぷり、テレ東らしい攻めたキャスティングに、SNS上で「まさか!?」と驚きの声が巻き起こり、放送前から大きな話題となった。松重さんの他にも、原作の熱烈な大ファンの石田ひかりさんをはじめ、全出演者がとにかく芸達者。この奇跡ともいえる豪華なキャストが集まったのも、原作や猫村さんを演じる松重さんの持つ魅力ゆえに違いない。また、本作は1話につき2分30秒のミニドラマで、24回続く。この新しい試みにも注目を。
ここでは、猫村さんを演じる松重さんにインタビュー!
デカいおっさんでも「猫村ねこです」と言えば猫村さんです。
名バイプレイヤーとしてさまざまな作品に参加してきた松重豊さん。これまで演じてきた役は数知れず。それでも、さすがに『きょうの猫村さん』で演じた猫役は、長いキャリアでも初めてのオファー。聞いた時は、どう受け止めたのだろう。
「以前に、馬の役はやったことがあるんです。宇宙人やゾンビも何度かやりましたけど、猫は初めてですね。お話をいただいた時は、『あ、猫か』と(笑)。嬉しい驚きがありました。役者というのは、役をいただけて初めて成り立つ職業です。その役者にもいろんな人がいて、同じ役をずっと演じる方もいますが、僕は、いろんな役をやりたいと思うタイプの役者。やったことのない役を演じるほうが、モチベーションは間違いなく上がります。役の数だけ可能性が広がりますし、役は“言った者勝ち”みたいなところもありますしね。おじさんである僕の、この顔、この身長であっても、『猫村ねこです』と言った瞬間に、ドラマの中では猫村ねこになるわけで。それでどう言われようと、最後は『ごめんなさい』と店を畳めばいいのかなと」
愛猫家の松重さん。未知の猫役にアプローチするにあたり、愛猫は何かヒントをくれたのだろうか。
「うちの猫は超マイペースで、自分のことしか考えてないんです(笑)。猫はだいたいそうでしょうけど、原作から受ける猫村さんのイメージとの乖離が激しくて、まったく参考にはなりませんでした。さあ、どうしたものかと(笑)。でも、目の表情は別です。猫は、興味があるものがあると目だけじゃなくて、顔ごと動くんです。その動きは意識しました。今回、猫村ねこを演じる上で助けられたのは、ビジュアルですね。しっぽやかぶり物の調整で、3~4回衣装合わせにお邪魔したんですけども、扮装して監督やスタッフの前に出ると歓声が上がるんです。お客さんに面白がってもらいたいのが役者の本分ですから、コスチュームをつけて喜んでもらい、だんだんと猫村さんに馴染めました。…脱いだら普通の人間に戻りますよ。ハンドルを握って、家まで運転しなきゃいけないんでね。『ちょっとお魚が見えたから寄っていこうかしら』とか言ってたらおかしいでしょ。『家でも完全に猫だった』といったデ・ニーロ的なアプローチはしていません(笑)」
スタッフから歓声が上がったという真っ白な猫姿は、インパクト大! この作品の撮影と知らずロケ中の松重さんに出くわした人は、さぞ驚いたのではないだろうか。
「『触れちゃいけないんだろうな』という感じのリアクションでした。黒髪でスーツ着て、飲食店の前にいたら『今度はこの店でやるんだ』ってことになりますけど、一目で飯を食う猫の撮影じゃないってわかりますから(笑)。街の人が見かけても、なかったことにしてそっとしてくれてたのはありがたかったですね」
松尾スズキさんら、ドラマを彩るキャスト陣の豪華さも話題!
「間違いなく最高のキャストになっています。テレ東の深夜ということで、『予算大丈夫かな』って毎度思うんですけど(笑)、みなさんそういうことではなく、制作側の意気込みを面白がって出演を決めてらっしゃるんだなあと。この作品に出てくる登場人物はみんなステレオタイプの変人ではなく、一人ひとりの歪み方が半端じゃないんですよね。そういう役をどう演じたら面白くなるか、考えながら演じられるのは役者冥利に尽きます。僕も、もし猫村さんでなく、台詞がないと言われても出たい作品。犬のステテコ役でもね(笑)」
印象に残っている役者を聞くとあげてくれたのが、猫村さんに因縁をつけてくるご近所の怖がりの奥さんを演じた安藤サクラさん。
「怖がりの奥さんの屈折ぶりの裏には何があるんだろうと思わせるところが上手いなあと。難しい役を見事に演じてらっしゃいました」
猫コスチュームに対する共演者たちの反応は?
「この作品は、いわゆる猫のかぶり物ショーではなく、ヒューマンドラマです。みなさんプロなので、ちゃんとそこを腹に落とした上で、現場にいらっしゃるので、特にこれといって何もなかったですね。自分のことばかり考える人は一人としていなくて、現場の誰もが作品がよくなることだけを考えていましたし、すごくやりやすかったです。松本(佳奈)監督にしても、明確なビジョンを持っていたので、僕はそこに歩調を合わせるだけでよく、現場でストレスはまったくありませんでした」
日常が続いていくほしよりこさんの世界。
松重さんをはじめとする俳優たちを惹きつけた大きな理由のひとつは、原作の存在。
「『きょうの猫村さん』は、ほし(よりこ)さんが、台詞の一つ一つに至るまで手描きされていて、コマ割も1日1コマと、ほしさんだけの世界観が確立されています。起承転結があるわけではなく、日常が永遠に続いていくと言ったらいいのかな。普通のドラマツルギーを拒絶したものを感じるんです。そうしたほしさんの世界や原作の精神を大切にできたらいいなと思っていました」
本作は2分半×24回というミニドラマ。極端に短い尺が、原作の世界観を描くのにぴったりだった。
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「尺があると、見てる側は、最終的な落としどころを見出そうとします。演じる側にしても、お客さんに意味を伝えたくなるんですよね。『このシーンは悲しいんだ』『今、嬉しいんだよ』とか解説しようとしてしまう。それが1回2分半だと、起承転結のどこかに収めなくてもいいんです。この作品は、1時間で作るほうが難しかったと思いますね。ただ、2分半という短さゆえの難しさもありました。確実に2分半でエンドロールがくるので、芝居を10秒短くするといった細かい調整が必要になるんです。でも、いろいろな価値観が多様化していく中で、ドラマは1時間、映画は2時間前後という枠組みも崩れ始めています。テレ東の深夜で2分半、しかもデカいおっさんが猫村ねこを演じるということで、普通のドラマではない気配をお客さんも感じてくれているはず。なので、こちらも堂々と見世物になってしまおうと開き直りました」
ミニドラマ『きょうの猫村さん』 監督は『デザイナー 渋井直人の休日』の松本佳奈。脚本は、松重さんも出演した『バイプレイヤーズ』や、『デザイナー~』を手掛けたふじきみつ彦。テレビ東京系にて、毎週水曜24時52分~放送中。全24回。放送終了後、Paraviで配信。©テレビ東京
まつしげ・ゆたか 1963年1月19日生まれ。福岡県出身。2012年、『孤独のグルメ』で連続ドラマ初主演。映画初主演は昨年公開の『ヒキタさん!ご懐妊ですよ』。また、FMヨコハマ『深夜の音楽食堂』でパーソナリティを務める。ジャケット¥60,000 パンツ¥35,000 シャツ¥30,000(以上suzuki takayuki TEL:03・5846・9114) シューズはスタイリスト私物
『きょうの猫村さん』 猫村ねこは、ぼっちゃんとの再会を夢見て、家政婦として犬神家で働くことに。単行本は9巻まで刊行(文庫は6巻まで)。小社刊 1~9巻¥1,257~1,320
※『anan』2020年4月22日号より。写真・中島慶子 スタイリスト・増井芳江 ヘア&メイク・佐伯憂香 インタビュー、文・小泉咲子
(by anan編集部)