本好きの心をくすぐる仕掛けも? 森見登美彦『熱帯』が怪作すぎる!

2018.12.13
連載時から大胆に改稿し、できあがった大長編『熱帯』は、森見登美彦さんご自身も“怪作”と言い切る、2018年の目玉と呼べる一冊だ。

幻の本に魅入られた人々の「読む/書く」をめぐる冒険奇譚。

熱帯

作家の〈私〉は、ふと学生時代に出合った佐山尚一の『熱帯』という小説を思い出す。大切に読もうと思っていた〈私〉の元から忽然と消え、以来、図書館や古書店を探し歩いても見つからない謎の本。その奇書をめぐり、物語は進んでいく。

「単行本化に取りかかるタイミングで『千一夜物語』を初めて読んでみたんですね。200話ほどしかなかった原型が、勝手に付け加えられて増えたり、バージョン違いが生まれたりと、成り立ちも含めて面白いと思ったんです。最初は、’80年代の京都を舞台に、作中作である『熱帯』の内容や誕生の経緯を書くのだろうと考えていたのですが、影響を受けてどんどん膨らみ、“謎の本”についてより深く考えることになりました」

〈この本を最後まで読んだ人間はいない〉等、噂を聞けば聞くほど、『熱帯』についても、著者の佐山尚一についても、知りたくなると同時に、よくもこんな風変わりな物語を思いつくものだと、作家としての森見さんを、謎多き作家・佐山尚一に重ねてみたくなる。

「彼は、この世界のどこかに穴があって、その向こう側に心惹かれるような人物ではあるので、そのメンタリティは僕自身と重なる部分かもしれません。実は、佐山尚一は平凡なようでいて、ネットなどで調べても、同姓同名の人が全然引っかからなかった名前なんです。自分が作り出したことで、初めてこの世に出てきた存在だと思うと興味深いですね」

登場人物たちが、読書とは何かと考察する丁々発止も楽しい。突き詰めていく場面も出てくる。たとえば、同じ小説を読んでも人によって解釈はいろいろなのに、みな同じ一冊を読んでいるといえるのだろうか。

「そもそも『熱帯』という魔術的な小説のことを書かなくてはいけない。それに重ねて、読書についてや、断片的な妄想が小説という形になっていく自分の小説が生まれてくる過程を、小説にしようとも考えていました。複雑に考えすぎて、納得できる形になるまで試行錯誤の連続。担当編集さんは、書き終わらなかった別バージョンの『熱帯』を山のようにお持ちです(笑)」

熱帯

もりみ・とみひこ 1979年、奈良県生まれ。京都大学大学院農学研究科修士課程修了。2003年、『太陽の塔』で日本ファンタジーノベル大賞、’07年『夜は短し歩けよ乙女』で山本周五郎賞を受賞。

『熱帯』 Amazonには佐山尚一の古書が用意され、作中の古書店「暴夜(アラビヤ)書房」プロジェクトも進行中。本好きの心をくすぐる仕掛けも。文藝春秋 1700円

※『anan』2018年12月19日号より。写真・土佐麻理子(森見さん) 大嶋千尋(本) インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)

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