『北の国から』『前略おふくろ様』といえば、Z世代でもきっと耳にしたことがあろう名作ドラマ。脚本を手掛けたのは、’70年代から数々の名作を書いてきた脚本家の倉本聰さん。そんな倉本さんが「どうしても書いておきたかった」と語る渾身の物語が、この秋公開される映画『海の沈黙』。東京で世界的画家の贋作事件が発覚し、同じ頃、北海道で全身に入れ墨の入った女の死体が見つかった。2つの出来事の間に、かつて天才画家と呼ばれながらも姿を消した男の存在が浮かび上がる。その天才画家・津山竜次を本木雅弘さんが、竜次の元恋人の安奈を小泉今日子さんが演じている。
――まずは、倉本聰さんの印象からお伺いしてもいいですか?
小泉 『前略おふくろ様』をはじめとする’70年代の作品は、私もまだ子どもだったので、姉の横で一緒に眺めていた、くらいの感じでした。『北の国から』が始まった’81年以降は、今度は私自身がアイドルになって多忙な日々を過ごしていたので、ドラマを見る時間はまったくなかった。だから実は、リアルタイムでは見たことがないんです。放送から随分経ってからやっと『北の国から』をまとめて見ることができ、ボロボロ泣きました、私。
本木 私もそう。’80年代は、日が昇る前に家を出て夜中に帰ってくる生活だったので、とてもドラマをゆっくり観賞する時間なんて持てなかったんですよ。しかも当時は配信みたいな便利なものはなくて、前もってビデオできちんと録画予約をしないと観られませんでしたからね。なので私は、今作で初めて、倉本さんの世界観に正面から触れたといえます。でも小泉さんは、以前ドラマに出ていますよね?
小泉 はい。’05年に『優しい時間』というドラマに出演しています。
本木 そのとき初対面?
小泉 そう。なんか、“エネルギー強いなぁ”って思いました。で、それから20年程度経ったわけですが、今回も同じことを感じました(笑)。
本木 倉本さん、ここ数年は仕事をなさるたびに毎回「これが自分にとって最後だ」っておっしゃっているらしいのですが、この映画に対しては「今回は正真正銘本当に最後だと思うので」とのオファーで、しかも「年内に撮ってほしい」というオーダーでした。
小泉 私もびっくりした。お互い結構忙しい時期だったよね。
本木 そうね。でも、千載一遇のチャンスだし、先生の強い思いも感じましたので、出演を決めました。とはいえ、戸惑いの気持ちが90%ありましたけど。
小泉 というと?
本木 実は私は、倉本さんが描く“男が惚れる男”みたいな世界にそぐわない人間だろうと、ずっと思ってきたんですよ。『前略おふくろ様』のショーケン(萩原健一さん)…っていっても、今の若い人、わかんないか…?
小泉 たぶん大丈夫よ(笑)。
本木 ありがとう(苦笑)。とにかく、倉本さんが描く男性像にコンプレックスがあったんです。だから倉本さん的世界と距離を置いていたはずなのに、「君に興味がある」という噂が近づいてきて、パッと矢が飛んできてしまった。お話をいただいたときは正直、「俺に何ができる…?!」という気持ちでしたね。
小泉 私は『優しい時間』のあとに別の作品でオファーをいただいたんですが、私の事情で参加できなくて。申し訳ない気持ちもあり、いつかまたチャンスがあったらリベンジしたいと思っていました。でも今作でお声がけいただき脚本を拝見したんですが、非常に脚本のハードルが高い。でも飛び込んでみようと思ったのは、本木さんが演じる竜次を一番近くで見たかったから。この役は倉本さんが描いてきたキャラクターとは少し違う感じがして、本木さんにぴったりだと思ったの。だから出演を決めました。
作品へのアプローチもまったく異なる二人。
――撮影に入る前、倉本さんとなにかお話しされたりは?
本木 私は一度もお目にかかったことがなかったので、最初はあえて一度も会わずに撮影に入ろうと思ったんです。でもやっぱりなにかヒントが欲しくなってしまい、電話でお話を…。
小泉 なるほど、ふふ(微笑)。
本木 だって原作者に丸をもらいたいって気持ち、あるじゃないですか、小さくてもいいから(笑)。結局30分電話できることになったんですが、結果1時間半も話してしまい、しかもそれを2回もやってしまったという。
小泉 へぇ。で、どんな話をしたの?
本木 実は緊張してて覚えてない。私が的はずれなことばかり言っていたような記憶はありますが。
小泉 …なにか指針になるようなアドバイスはもらえた?
本木 最終的には「まあとにかくあなたの感じるままにおやりになればいいんですよ」って励ましていただきました(苦笑)。
小泉 なるほど(笑)。
――小泉さんは、お電話などは?
小泉 ないですないです。安奈という女の、脚本には書かれていない部分を書いた履歴書みたいなものはいただきましたが、それだけ。
本木 そう、小泉さんは昔からこう。ぐちゃぐちゃ言っている僕の横で、いつでも肝が据わってた(笑)。そういうところ、変わらないよね。
小泉 そういう本木さんも、ずーっとうだうだ考えちゃうところ、全然変わらないですよ(笑)。
――今作は、“美”が大きなテーマです。美しさは評価されるものですが、例えば同じ絵でも、誰が描いたかによってその評価が変わるなど、さまざまな矛盾がつきまとう。お二人が長く生きてきた世界にも、美や、他者からの評価が常に存在しますが、そのあたりについてどう思われますか?
“美”との向き合い方を問い直される作品
本木 美って、こと芸術に関して語られることが多いですが、美食や美しい振る舞いという言葉があったりするわけで、結局生きること全般に関わっている。つまり、すべての基準なんですよね。一方で私は、「周囲に迷惑をかけないように」とか、「自分の好みが見えすぎると恥ずかしい」とか、そういうことを考えてしまうタイプなので、自分の基準というよりは、正直周囲を見て立ち位置を決めてしまいがちな人間です。この映画では、美は、他者が基準を決めるものではなく、またそれで価値が測られるものではない、ということを訴えている部分があるので、私にはすごく刺さりました。
小泉 すごく有名な人が描いた絵とただの子どもが描いた絵を、常に同じ基準で見られる自分でありたい、と思うんですけどね。でもその自信がないから、作者が誰だとか、値段が高いとか、絵以外の部分に頼っちゃう。
本木 私もその辺は危ういです。自分自身に対して自信を持ちきれない。
小泉 美しいものや芸術は、権力と繋がりやすい部分があるし、あるいはお金持ちが自分のものにしたがったりしますよね。また、ルパン三世ではないですが、盗まれて隠されて、秘宝になったりもする。でも、価値が付けば付くほど、描いた人や作り上げた人の意思とは別のところに遠ざかっていく…的な側面があるのだろうな、という気が昔からしていて。
本木 そう考えると、なんだか美って、魔物ですよね。
小泉 そう、魔物ね。
PROFILE プロフィール
本木雅弘(もときまさひろ)
1965年生まれ、埼玉県出身。’81年、学園ドラマでデビュー。「シブがき隊」での歌手活動を経て’89年より役者に専念。自ら発案し主演を務めた映画『おくりびと』(’08)では米国アカデミー賞外国語映画賞を受賞。Netflix『Giri / Haji』(’19)にも出演。現在ドラマ『坂の上の雲』(NHK総合ほか)が再放送中。
小泉今日子(こいずみきょうこ)
1966年生まれ、神奈川県出身。’82年に歌手デビューし多くのヒット曲を放ち、同時に映画やドラマ、舞台にも多数出演。文筆家としても定評があり、かつて小誌でエッセイ「パンダのanan」を連載していたことも。エッセイ集『黄色いマンション 黒い猫』では第33回講談社エッセイ賞を受賞。現在主演ドラマ『団地のふたり』(NHK BSほか)が放送中。
INFORMAITON インフォメーション
映画『海の沈黙』
世界的な画家の展覧会で贋作が判明。同じ頃小樽で全身に入れ墨を入れた女性が遺体で発見された。小樽では、かつて天才画家と呼ばれるもある事件を機に姿をくらました男が、謎の男と共に創作を続けていた…。原作・脚本/倉本聰 監督/若松節朗 共演/中井貴一、石坂浩二、仲村トオルほか 11月22日よりロードショー。倉本さんや主要キャストのインタビュー、本作のシナリオ、撮影前に倉本さんがキャストに手渡した「人物背景」も収録の『海の沈黙 公式メモリアルブック』が発売中。小社刊 1980円