
広瀬すずさん
第78回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品された映画『遠い山なみの光』。長崎で原爆を体験し、戦後イギリスに渡った悦子(吉田羊)が、自らの半生を振り返りながらひと夏の記憶を語るというこの物語には、自立に向かう女性たちの生き様とともに、ミステリアスな部分が描かれる。
ポジティブな中に違和感が生まれる怖さを表現できたら
広瀬すずさんは、若き日の主人公・悦子を演じる。原作はノーベル文学賞作家カズオ・イシグロさんの同名作品。監督・脚本・編集は、『ある男』で日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞した石川慶さんが務めた。
「最初に、監督の温かい人柄が滲み出るような、温度を感じるお手紙をいただきました。台本を読んでみるとお手紙とは違い温度が全く伝わってこないもので、全体に不穏な空気感が漂うなか、どう読み解くのが正しいのかわからなくて。また、監督がどこを切り取って映像に映したいのかも明確に書かれていなかったのですが、だからこそ興味を持ったというのもあります。戦後のなにかと不自由な時代において、悦子は佐知子(二階堂ふみ)と出会うことで希望を抱き、肩を並べて同じ方向に歩き出せるようになる。そんな気持ちや行動の変化をポジティブに捉えつつも、不意にグッと力が入ってしまう瞬間や、なんとなく違和感が生まれる怖さみたいなものを表現できたら…。そう思いながら演じました」
台本に感じた“読み解けないもの”は、お芝居をする中で印象的なシーンとして記憶に残るという。
「佐知子の娘・万里子(鈴木碧桜/みお)とのシーンは特にそうです。力が入ったと思えば弱まったりする独特な間や目線が、いちいち言葉になっているような繊細なお芝居で、私の中に焼きついています。また吉田羊さんが演じた、大人になった悦子のパートを完成作で初めて観た時、“女性という生き物”の本能的な部分が、どこかで分離してしまったような姿を目の当たりにして。すごく心が痛みました。それは痛みや苦しみ、怒りなど全て混ざったような、言葉で言い表せない塊みたいなもので、お腹にずっとある感じというか…。いま私自身が、自由に生活しているからこその気づきかもしれません」
初共演となった二階堂ふみさんについては、こんな個人的な思いも。
「私はこの世界に入った当初、そこまでお芝居に興味がなくて。人前で泣いて、怒って、叫んだり笑ったりするなんて、自分の感情ではないのにヘンなのって(笑)。でもふみちゃんが(染谷将太さんと共に)主演を務めた映画『ヒミズ』を観て初めて、こういう作品だったらやってみたいかも…と思ったんです。以来、どこかに憧れを抱いていた存在でもあったので、ご一緒できてすごく嬉しかった。うちには猫がいるのですが、ふみちゃんはたくさん動物を飼っているので、現場ではいいペットホテルやサプリメントを紹介してもらったりと、日常的な話をしていました。普段はそういう人間味ある方でありながら、ある意味異物のように光る存在感を放つ佐知子を演じたふみちゃんは、やっぱりすごいと思います」
今年5月のカンヌ国際映画祭では、今作上映後、スタンディングオベーションで讃えられたことが話題に。
「いい悪いをわかりやすく評価するフランスで、監督や共演者の方々と、上映が終わるまでは一息つけない状況でした。でも観客のみなさんに届いたことがわかり、監督とイシグロさんが喜びを共有している姿を見て、自分自身よりも自分たちの映画監督がこんなふうに評価されたんだということが嬉しかったです。ただ規模が大きすぎるのか、2回目のカンヌではありますがまだ慣れる場所ではないです(笑)。今作は戦後の時代において、当時の女性たちの生き様や、今の時代との価値観の違いを知っていただくだけで、すごく意味のある映画なのだろうと思っています」
Profile
広瀬すず
ひろせ・すず 1998年6月19日生まれ、静岡県出身。数多くの映画・ドラマで活躍し、今年だけで4本の映画に出演。今後の公開作に9月19日公開の『宝島』、2026年公開予定の『汝、星のごとく』(主演)がある。
Information

『遠い山なみの光』
悦子(吉田羊)は娘のニキ(カミラ・アイコ)にせがまれ、戦後の長崎で暮らした思い出や、ある夏の記憶を語り始める。やがて思いがけない真実が明らかに…。監督・脚本・編集/石川慶 出演/広瀬すず、二階堂ふみ、吉田羊、松下洸平、三浦友和ほか 9月5日全国公開。Ⓒ2025 A Pale View of Hills Film Partners
anan2459号(2025年8月20日発売)より