小島秀夫の右脳が大好きなこと=⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚫︎を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚫︎」。第28回目のテーマは「ポケットティッシュな関係」です。


帰宅ラッシュで大混雑するJR品川駅港南口。僕はここに立っている。仕事を終えた人たちに、思いを仕込んだ“ポケットティッシュ”を配るためだ。その裏には、“DEATH STRANDING 2:ON THE BEACH”(注1)のタイトルロゴ。さらに謎のQRコードが印刷されている。池袋と秋葉原でも、うちのスタッフが同じものを配布している。紙袋を片手に、“デス・ストランディング”と書かれた黒いハッピを着て、配る。無理強いは出来ない。見知らぬ者同士の、お互いの合意がなければ受け渡しは、成り立たない。ポケットティッシュ配布の醍醐味はそこだ。

令和の時代になってから、特にコロナ禍を経て、街頭でのポケットティッシュ配布を目にする機会は少なくなった。古き広告媒体は退いてゆくしかない。デジタルに比べれば、人件費もかかる。効率も悪い。データも取りにくい。“DEATH STRANDING”は繋がりのゲームである。だからこそ、今さらながらに“ティッシュを手渡す”という繋がりを試してみたかったのだ。知らない人からモノを直接、受け取るという行為は、まさに“DEATH STRANDING”で提唱してきた繋がりに近いものだからだ。

ポケットティッシュの配布が始まったのは、1970年代だと言われている。それまではレストランや飲み屋で配るマッチ箱(注2)が主な宣伝媒体だった。某銀行がポケットティッシュを口座開設者に粗品として配布したことで一気に拡散したらしい。

僕がいた関西では、誰もが能動的にポケットティッシュを貰った。2つ、3つ、並び直して貰う人もいた。昭和に制作されたアニメやコメディドラマでは、この“ティッシュ”ネタのエピソードがよく見受けられた。花粉症だった僕も見かければ受け取った。そうやって集めたポケットティッシュは鞄の底に、冬物のコートのポケットに、いくつも溜まっている。放置しておくと、ティッシュは型崩れする。なので、半期に一度くらいは、状態を確認して、入れ替える。外出先でコーヒーが溢れた! 服にカレーがついた! 鼻血が出た! 借りたトイレにトイレットペーパーがない! といった予期せぬアクシデントに備えての保険だ。ポケットティッシュを据え置きのティッシュとして代用することはない。携帯出来るからこそ意味があるのだ。多くの機能が集約したスマホでも、ポケットティッシュの機能はまだない。

昨年くらいから、たまに駅前でまたポケットティッシュ配布を見かけるようになった。随分と久しぶりだったからだろう。嬉しさもあったが、時代錯誤な感じも否めず、何処か恥ずかしさもあった。だから、ポケットティッシュは貰わなかった。そんな自分にも腹が立った。あとで引き返そうと思ったが、それも断念した。そんな時期、たまたまこのポケットティッシュの企画が上がった。驚いたことに、まだポケットティッシュは広告媒体としても現役だったのだ。多くの企業が今も広告に使っているという。ところが、混雑時の街頭での配布ともなると、ゲリラでやるわけにはいかず、警察に届を出さなければならない。こうなると、もろもろ面倒なことになる。人数、服装、場所の規定がある。本当は渋谷のスクランブル交差点とかで配りたかったが、それは許されないとのこと。

いざ配布を始めて半時間くらい経過しただろうか。受け取ってくれる人はなかなかいない。手を伸ばしても、届かない。離れていってしまう。目も合わさず、通り過ぎていく。迂回する人もいる。まるで危険なものを避けるように。仕方なく、SNSにポストをしてみた。すると、あっという間に“ポケットティッシュ”は無くなった。品川だけではなく、池袋も秋葉原も同様だった。SNSを見たのか、同じく品川に事務所があるSIE(注3)の宣伝スタッフもわざわざ応援に来てくれた。時代に逆らうアナログ企画ではあったが、デジタルの力を融合することで、さらなる大きな繋がりを生む結果となった。

ティッシュに印刷されたQRコードをカメラで撮ると、とあるサイトに繋がる。そこには短いムービーが流れている。時間と共にムービーがいくつか切り替わり、“兎田ぺこら”(注4)とのコラボ情報が得られるという仕掛けだ。

デジタル・アイドルとのコラボを、アナログのポケットティッシュで繋ぎ、ネット内での配達映像を経由して、発表までの架け橋にする。そこが気に入っているところだ。

僕が毎日持ち歩く鞄には、この時の“デススト”のポケットティッシュが入っている。あの日の繋がりを忘れないために。今度、駅前でポケットティッシュ配布を見た際には、躊躇せずに取りに行くつもりだ。ティッシュが欲しいだけではない。通りすがりの“見ず知らずの人”とのひとときの繋がりを持つために。ポケットティッシュは、今もその架け橋だ。

注1:DEATH STRANDING 2:ON THE BEACH 6月26日に発売された、コジマプロダクションの最新作で『DEATH STRANDING』の続編となるゲームタイトル。
注2:レストランや飲み屋で配るマッチ箱 かつて飲食店などで配られたマッチ箱やブック型マッチには、企業や個人商店などの広告がよく印刷されていた。
注3:SIE ソニー・インタラクティブエンタテインメント。PlayStationのハード、ゲームソフトの開発、販売を行っている。
注4:兎田ぺこら ホロライブ所属の、うさ耳がチャームポイントのVTuber。YouTubeではゲーム実況配信も数多く行う。『DEATH STRANDING 2』にゲスト出演している。

今月のCulture Favorite

オーストラリア・シドニーのSYDNEY FILM FESTIVALで行われた『マッドマックス』などで知られるジョージ・ミラー監督とのパネルディスカッション。

LAで行われた、『DEATH STRANDING 2』プレミアイベントの壇上にて、ジェフ・キーリーさん、忽那汐里さん、トロイ・ベイカーさん、ウッドキッドさんと。
ⒸPhillip Faraone // Getty Images for Kojima Productions

『DEATH STRANDING 2』に新曲「On The Beach」を書き下ろしたキャロライン・ポラチェックさんと。

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Profile

小島秀夫

こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。1987年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。

先日行われた、10周年記念イベントのアーカイブは、こちら!

スタジオ最新作『OD』の最新トレーラーが登場!

『DEATH STRANDING』の劇場アニメプロジェクトが始動!

日本酒「作(ZAKU)」とのコラボレーションが実現!

写真・内田紘倫(The VOICE)

anan2456号(2025年7月23日発売)より

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