文学界の超大型新人による、宝石のような6つの短編。
「大学時代までは小説を書いていたのですが、働き始めてから10年以上離れていて。コロナ禍で在宅勤務になって少し時間に余裕ができたので、また書き始めたんです」
新作『箱庭クロニクル』は、まったく異なる切り口の6編を収録。巻頭の「ベルを鳴らして」は、大正時代にタイピストの学校に通い始めた女性が主人公だ。
「『チャイニーズ・タイプライター 漢字と技術の近代史』という本が面白くて、それで2編書いたうちの一編がこれです。プロットを決めずに書きだし、タイプライターの活字がキーとなって、ラストががらっと変わる感触を得て書き進めていった感じです。自分としてはSFだと思っていたので、日本推理作家協会賞をいただけたのは意外でした」
他の短編も、プロットを作らず書き始めるという。それでどれも巧みな展開、驚きの結末を用意できるのだから恐れ入る。
「イン・ザ・ヘブン」は少女が主人公。禁書運動に入れ込む母親に学校をやめさせられたエリサは、家庭教師に学びながら、親友のカミラと連絡を取り合っているが…。
「主人公は生意気なことも言いますが結局は子供なので、大人から抑圧されている。それでも、世界は変えられないけれど、親友との繋がりによって世間を渡っていける…というニュアンスを考えました」
「名前をつけてやる」は現代日本が舞台で、新商品のネーミングを任された女性二人の話だ。
「商品に名前をつける仕事をする二人がいて、その二人の関係には名前がつけられないといいな、となんとなく思いながら書きました」
行きつけのチェーン店でバイトする女子大学生に目をかける年上女性の話「あしながおばさん」、冒頭の〈ゾンビは治る。マツモトキヨシに薬が売ってる。〉が最初に浮かんだという「あたたかくもやわらかくもないそれ」…。水流の渦潮とバレエのターンのイメージが重なる「渦とコリオリ」は、なんと3時間ほどで書き上げたというからびっくり。
どの短編も、女性2人組の繋がりが浮かび上がる。
「今回は、たおやかに世界を渡っていく姿を書きたくて。ならば女性同士の繋がりの話のほうが読者も入りやすいだろうし、私も書きやすい部分がありました。前の短編集『嘘つき姫』はコミットできない人たちの話でしたが、今回はいろんなところに参加し決断していく人たちの話が多く、当事者的な部分が強く出たなと感じています」
どんな国も時代も自在に描き出す著者の力量を堪能できる一冊だ。
INFORMATION インフォメーション
坂崎かおる『箱庭クロニクル』
タイピストの学校で中国人講師に学んだ女性が戦時下に下したある決断、大人に振り回される少女たちの連帯…。マジカルな6つの宝石を収録。講談社 2090円
PROFILE プロフィール
坂崎かおる
さかさき・かおる 2020年「リモート」で第1回かぐやSFコンテスト審査員特別賞を受賞後、多くの文学賞やコンテストで受賞・入賞。今年「ベルを鳴らして」が日本推理作家協会賞短編部門を受賞。