心にゆとりが生まれたことで、
作品の作り方も変化した。
矢後直規(以下、矢後) 初めて会った時は、由之はまだ大学生だったよね。
奥山由之(以下、奥山) 長い付き合いになりますね。矢後さんとは、お互いにクライアントワークではない自主制作を始めた時期も近くて、僕の写真集のデザインもお願いしたりと、長い間色々な場面でご一緒させてもらっています。今回の映画でもポスターを初めグラフィックデザインをお願いしたけれど、僕が絶対に採用しないとわかっているような「奥山由之」という名前がとても大きく配されたデザイン案を紛れ込ませてきたりして…(笑)。
矢後 そうだね、由之は絶対に選ばないだろうなとは思ってた(笑)。でも、自分の名前だって大きく出して良いんだよ、という僕からのメッセージ。本気でやっていることだからこそ、ふざけるところがあっても良いと思ったんだよね。過程も楽しまないと。
奥山 寄り道しながら作っていく、みたいなことがこの数年でやっとできるようになりました。衣装を担当してくれた伊賀大介さんとは撮影場所のベンチに座って3時間くらい打ち合わせして、大半が作品とは関係ない雑談だったけれど、そこから生まれてくるものが確かにあった。雑味のあるところから生まれるものを流動的に取り入れられるようになりました。20代の頃はとにかく創作の数が多過ぎて、時間内に完成させることで精一杯だったけれど、肩の荷物を下ろせるようになったというか…。
矢後 それは、仕事の量を減らしたことによって?
奥山 それもあります。若い時は反骨精神や焦燥感が原動力になっていたりもしたけれど、歳を重ねるにつれて変わってきました。自分が作ってきたものに手応えを感じられるようになって、それに対して期待してくれている人の存在を認識したことで、心に余裕が生まれたのかな。どうだろう、分からないけれど。もっと複雑な過程を辿っているのかもしれない。
矢後 今回の映画はくたびれたベンチが舞台だけれど、そうやって由之が穏やかな気持ちになったからこそ、そこにずっとあるベンチが目に留まったのかもしれないね。
いつしか愛着を持つようになった、古びたベンチを通して見た世界。
奥山 それもあると思います。あれだけくたびれていると、いつ撤去されるか分からないじゃないですか。自分にとってはもともと愛着のあるベンチだったけれど「撤去されるかもしれない」と思うと、余計に名残惜しさや愛おしさに気付くというか。もしかしてこのベンチは僕にしか見えていないんじゃないか!? とも思ったりして、その視点で何か作ってみようと思ったんです。
矢後 この映画ができたことで、ベンチの運命が変わってしまったらどうする? 本当は撤去されるはずだったものが、注目を浴びて残ることになったりして…。
奥山 気がつくと変化している東京の景色の中で、記憶が塗り替えられてしまうことの寂しさのようなものを描いたので、このベンチが残っていくならば僕は嬉しいです。このベンチで、野外上映会をしたいんですよね。
矢後 それすごく良いね! やりなよ! ところで作品を作る上では、何が一番大変だった?
奥山 そうですね、音楽かなぁ。安部勇磨くんとは仲が良くて一緒にスタジオに入ってレコーディングをして楽しかったんだけど、翌日になって「もっとこうしたい」というアイデアが思い付いたりして。話し合って変更しての繰り返しで、期日ギリギリで完成した感じですね。お互いに“映画音楽”という創作に慣れてはいない中での試行錯誤でしたね。僕はこの作品を会話劇と捉えているので、音楽に頼って無理に感情を語らせてしまうことはしたくなくて、その点には気をつけました。
あとは、1編目と5編目は後ろから撮ることにはこだわりましたね。ベンチはプロポーションの観点からも、後ろから見た姿がベンチにとっての正面だと思っていて。キャストにとってもカメラが視界に入らない分、リラックスして自然体で演じてもらえるのでは、と思いました。なので「撮る」というよりも「見守る」という感覚に近い時間でした。
矢後 やぁ、それにしても、由之はずいぶん人の目を見て話せるようになったね。昔は、ファインダー越しじゃないと、人の目を見られなかったんだよね。全然目が合わなかったもんなぁ。
奥山 そうでしたね(笑)。今でもあんまり得意ではないと思います。
矢後 ファインダーを通して、人の笑顔を引き出してきた由之が、思い出の詰まったベンチの後ろ姿を通して、人の会話を引き出した作品になっているんだね。写真を撮り始めたときのように、この作品も、新しい扉を開ける方法を見つけたって感じがするね。
奥山さんと矢後さんが、いま好きなこと
矢後 6歳の娘が描いた絵。もう少ししたらもっとうまく描けるようになってしまうだろうから、今しか描けない彼女の絵を大切に保管しています。
奥山 インテリア。アトリエの家具は、MOBLEY WORKSの鰤岡力也さんに少しずつ作ってもらっています。
PROFILE プロフィール
奥山由之(おくやま・よしゆき)
1991年東京生まれ。映画監督・写真家。映画・MV・CMなど、映像の監督業を行っている。また、これまでに多数の写真集出版や展覧会を開催。2011年『Girl』で第34回写真新世紀優秀賞受賞。2016年には『BACON ICE CREAM』で第47回講談社出版文化賞写真賞受賞。
矢後直規(やご・なおのり)
1986年静岡県生まれ。アートディレクター。2008年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。’09年博報堂入社。’14年よりSIX所属。東京ADC、JAGDA新人賞、D&AD、NY ADC、ONE SHOWなど受賞。
INFORMATION インフォメーション
映画『アット・ザ・ベンチ』
川沿いの芝生の中に一つのベンチが佇んでいる。
ある日の夕方、そのベンチには久しぶりに再会する幼馴染の男女が座っている。
彼らは小さなベンチで、どこかもどかしいけれど、愛おしくて優しい言葉を交わしていく。
この場所には他にも様々な人々がやってくる。別れ話をするカップルとそこに割り込むおじさん、家出をした姉とそんな姉を探しにやってきた妹、ベンチの撤去を計画する役所の職員たち。
一つのベンチを舞台に、様々な人々のちょっとした日常を切り取るオムニバス長編作品。
監督・企画・製作/奥山由之
脚本/生方美久・蓮見翔・根本宗子・奥山由之
撮影/今村圭佑
グラフィックデザイン/矢後直規
11月15日(金)より順次全国ロードショー