自分も親になり、子への特別な愛情の物語に惹かれました。
――『ムービング』は2023年8月にディズニープラスで配信が開始され、世界で最も視聴された韓国オリジナル作品となりました。韓国では数々の賞を受賞。この快挙をどう感じていますか?
こうした評価をいただくのは、やはり嬉しいことです。『ムービング』は家族の物語であり、そして特殊能力者たちを描いた作品ですが、このようなテーマはこれまで韓国の動画配信サービスではあまり取り上げられてきませんでした。そのユニークな要素を評価していただけたのではないかと思います。
――この作品の監督を務める決め手となったポイントを教えてください。
理由は2つあります。私は、以前は映画の仕事がメインでしたが、動画配信サービスのドラマも作るようになって決めたことがあるんです。それは自分が経験したことのない新たなジャンルに挑戦すること。『ムービング』は、特殊能力の話というのが新しい要素です。また、私は『ムービング』の前にNetflixで『キングダム』という作品を手がけましたが、それより本格的な恋愛要素が入っているところにも興味を覚えました。
――もう一つは何でしょう?
シナリオをいただいた時は、ちょうど自分に子どもが生まれたばかりの頃だったんです。父親になり、それまで経験することのなかった感情が芽生え、台本に共感するところが多かった。とくに19話で、ボンソクの母親のミヒョンが「子どもを守るためなら、親は怪物にもなるのよ」という台詞に親の心情がよく表れていると思います。もちろん怪物というのは極端ではありますが、子どもに対する愛情は特別なもの。そこに惹かれて、この作品を作ってみたいと思ったんです。
――キャストのみなさんがハマり役だったのも、この作品の魅力を一層引き出せた要因かと思います。キャスティングはどのようにされたのでしょう?
高校生のボンソク役とヒス役は、韓国にいる20代前半の俳優をほぼ全員といっていいほど調べ尽くした結果、イ・ジョンハさんとコ・ユンジョンさんにお願いすることになりました。私は、役を表現するうえで最も肝心なのは、俳優への演技指導より、そもそもの俳優本人の佇まいや話し方などが、どれだけ役のイメージに近いかだと思っているんです。その点、ヒス役のユンジョンさんは、原作漫画とのシンクロ率が非常に高かった。
――ボンソク役のイ・ジョンハさんはいかがですか? ジョンハさんはすらっとしたイケメンで、漫画のボンソクはぽっちゃりしたキャラクターです。
日本でもそうだと思いますが、韓国の俳優も個性派といわれる方々以外は、だいたい高身長でイケメンです。そのため外見以外の要素で一番近い人を探そうと頑張りました。ジョンハさんとはよく相談して、撮影前の約6か月間にたくさん食べて太ってもらったんです。もちろん健康診断と並行しながら。飛行能力を持つ特殊能力者役のジョンハさんは空を飛ぶワイヤーアクションもあったので、脂肪だけでなく筋肉もつけてもらいました。
――親役の俳優陣は、リュ・スンリョンさん、ハン・ヒョジュさん、チョ・インソンさんなど主役級の顔ぶれです。現場で印象に残っていることはありますか?
作品自体がとてもハートフルということもあり、ピリピリした緊張感が漂うような雰囲気はありませんでした。親子役のスンリョンさんとユンジョンさん、ヒョジュさんとジョンハさんは、本当の家族のような仲の良さだったんです。作品を撮り終えた今でもお互いに応援し合っていて、例えば先日は、ヒョジュさんが出演した新作ドラマの試写会にみんなで参加していましたよ。
――とくにリュ・スンリョンさんは、ご本人のインスタグラムにキャストの方との楽しそうなオフショットをたくさん上げていて、ファンが大喜びでした。
スンリョンさんは、あの年齢では最もインスタグラムが得意な俳優なんじゃないかと思います(笑)。私とタッグを組むのはこれが2作目だったので、よりリラックス感があったのかもしれません。14話の水路で戦う大変なシーンも、スンリョンさんが年長者として父親のようにスタッフを高揚してくれたおかげで、やりきることができたと思います。
――今作は迫力の映像も見どころです。とくに苦労したシーンはありますか?
7話の最後に、ボンソクが家の向かいの土手の上空を飛ぶシーンです。あのシーンは、ジョンハさんをワイヤーで吊るして、それを30~40人ぐらいで引っ張るという大がかりな撮影で。しかも夜の時間帯に。あまりのキツさにドローンの撮影チームが、連絡もなしに逃げてしまったほど(笑)。そこをクリアしたあとは、生身の俳優がこなせないシーンをデジタルキャラクターで再現する作業。ジョンハさんの体を3Dスキャンして、CGで背景を作り込みました。その作業だけで半年かかったんです。苦労したぶん、思い入れの強いシーンになりました。
――ミヒョンの「怪物」しかり、心に刺さる台詞もたくさんあった今作ですが、監督自身が好きな台詞はありますか?
2話に、ボンソクが子どもの頃、自分が空を飛べることを友だちに自慢したくて見せてしまったばかりに、友だちがマネをしてケガするというエピソードがあるんです。その時のミヒョンの「本当に大事なのは共感力よ」「気持ちを傷つけるなんて英雄じゃない」という台詞。特別な能力を持っていることではなく、人の気持ちを理解できる人こそが英雄である。『ムービング』のテーマを象徴するようなこの台詞が、私は好きです。
――確かに本作は共感力や優しさに溢れる物語で、だからこそこれほど熱く支持されたのではないでしょうか。
『ムービング』が配信されたのは、コロナ禍の規制が緩和されたあとです。人と自由に会えない状況が続いたなかで、相手の痛みに共感するという感情が、以前よりも醸成されていたのではないかと思います。また、韓国では家族への思いが強くなった人もいれば、反対に個人主義が加速するという両極端な変化も見られます。そんななか、家族愛という懐かしい感情を『ムービング』がちょうどよく刺激したのかもしれませんね。
――ぜひともシーズン2を期待したいです! 実際どうなのでしょう…?
私は、やりたい気持ちでいますよ。でも、まずは俳優のスケジュール次第です。とくに若手俳優は、これから兵役に就かなければいけないので。そこがうまく合えば、実現するのではないでしょうか。
『ムービング』 原作は、韓国で人気のウェブトゥーン『Moving‐ムービング‐』。高校生のボンソクは、空を飛べる力を隠しながら生活していたが、転校生の美少女ヒスと心を通わせ、秘密を共有するように。そんななか、親世代の特殊能力者の命を狙う謎の人物が現れ…。迫力あるバトルシーンはもとより、深い親子愛に落涙したり、高校生のピュアな恋にキュンとしたり、コミカルなシーンで笑ったり。とにかく感情を動かされる物語。緻密に張り巡らされた伏線など、夢中になること必至。
『ムービング』 ディズニープラス スターにて全話独占配信中 ©2023 Disney and its related entities
パク・インジェ 映画監督。代表作は『裏切りの陰謀』(2011年)、『ザ・メイヤー 特別市民』(2017年)。Netflixオリジナルシリーズ『キングダム』シーズン2(2020年)を機に、動画配信サービスのドラマ監督も務めるように。『ムービング』の主要キャストであるリュ・スンリョンさんとタッグを組むのは、『キングダム』(シーズン2)に続いて2作目。
※『anan』2023年12月27日号より。インタビュー、文・保手濱奈美
(by anan編集部)