「27図の錦絵のほか、60図以上の版下絵が知られていますが、全図での出版に至らなかった理由は色数が多く、手の込んだ技法も多いことから、採算がとれなかった点が考えられます。もう一つは、北斎が独自の世界観を存分に表現したため、一般には簡単には読み解けず、期待通りの人気を得られなかった可能性も」
と、すみだ北斎美術館・学芸員の千葉椎奈さん。例えば有名な小野小町の《花の色はうつりにけりないたつ(ず)らに わか(が)身よにふるなか(が)めせしまに》の場合。
「平安時代に詠まれた歌が、江戸時代の農村に置き換えられています。毎年咲いては散る儚い桜と、年老いていく小町の姿との対比を描き、《色はうつりにけり》から染め物をする職人の姿も描かれています」
一見風景画のようでも、さまざまな「絵解き」のポイントが潜む。
「〈冨嶽三十六景〉〈諸国名橋奇覧〉の錦絵でも、北斎は風景や人々の暮らしをそのまま描くのではなく、対象物の多様な見え方、変化の過程、構図の面白さに重きを置いています。本作でも構図の面白さや言葉遊び、歌人を思わせる人物を登場させるなど、絵の面白さを重視しています」
北斎の謎かけに挑戦するには?
「まず、絵の中で不思議に思うところを探してみてください。一番に気になったものが絵を読み解く鍵になっている可能性が高いです。歌や歌人のイメージと照らし合わせ、自由に想像しながら鑑賞すると、より楽しんでいただけると思います」
北斎最後の大判錦絵シリーズ23図が集結!
《千早振神代もきかす龍田川 からくれなゐに水くゝるとは》が主題。竜田川の景観を楽しむ人々の表情や動きに焦点をあてて描く。
葛飾北斎「百人一首乳母か絵説 在原業平」すみだ北斎美術館蔵(後期)
《花の色はうつりにけりないたつらに わか身よにふるなかめせしまに》が元に。桜の花に手の込んだ技法が使われているのにも注目。
葛飾北斎「百人一首うはかゑとき 小野の小町」すみだ北斎美術館蔵(前期)
百人一首が大衆に広まった理由とは?
ポルトガルから伝わった「カルタ」と結びつき「百人一首かるた」が誕生。美人もかるた取りに熱中。
葛飾北斎「美人カルタ」すみだ北斎美術館蔵(後期)
当時、百人一首の注釈書も数多く出版された。歌人や歌意について挿絵とともに解説。
溪斎英泉『日用雑録婦人珠文匣 秀玉百人一首小倉栞』すみだ北斎美術館蔵(頁を替えて通期展示)
「北斎かける百人一首」 すみだ北斎美術館 3階企画展示室 東京都墨田区亀沢2‐7‐2 前期:開催中~2023年1月22日(日) 後期:1月24日(火)~2月26日(日)※前後期で一部展示替えあり 9時30分~17時30分(入館は17時まで) 月曜(1/2、1/9は開館)、12/29~1/1、1/4、1/10休 一般1000円ほか TEL:03・6658・8936
※『anan』2022年12月28日‐2023年1月4日合併号より。取材、文・松本あかね
(by anan編集部)