静かな住宅地に起きたさざなみ。隣人の顔が見えてくる群像劇。
「テレビで容疑者の逃亡事件がニュース速報で流れるたびに、犯人が逃げている方面に住んでいる人たちってどんな気持ちだろうって必ず想像するんです」
もうひとつのきっかけは大好きな作家、マーガレット・ミラーのミステリー『まるで天使のような』。
「私立探偵が人捜しを依頼される話ですが、銀行の金を横領して捕まったアルバータという女性が出てくるんです。重要ですが登場シーンは少ない人物で、もっとこの人のことを読みたいと思っていました」
本作の脱獄犯・日置はこの地域出身で、住民の中には元同級生もいる。住民たちは彼女が逃げ込んでくるに違いないと判断、交代で見張りを立てることに。
10世帯それぞれの人物造形が秀逸。登場人物は多いが、ステレオタイプが一人もいない。不穏な人間もいて、幼い少女を誘拐しようと企む男や、言うことを聞かない息子を閉じ込めようとしている両親もいる。
「誘拐を企む望という男は、自分は世間から奪われてきたから奪い返さないといけない、と図式的に考えている。そういう人が近所の人たちの中に放り込まれた時、違う窓が開くんです。望が隣のおばあさんに萌えポスターを見られて意外な反応をされる場面は、力を入れて書きました」
見張りを置くことを提案したのは自治会長の丸川だが、彼はシステマティックに物事を考えるタイプ。
「礼儀正しいけれどビジネスライクな人ですが、そのほうが接しやすいこともある。感情のこもった交流のほうがいいと言われがちだけど、それは言いすぎやと感じています」
一方、笠原家の老夫婦と松山という壮年の一人暮らし男性は、普段から一緒に七並べをする仲。
「以前、『探偵!ナイトスクープ』で、母親が夜出かけるのが怪しいという調査依頼があって、調べたら近所の人たちと七並べしていたんです。それがすごく楽しそうで、いつか小説にしてみたかった(笑)」
ただ、多くの住民は日頃は交流はなく、隣人のこともよく知らずにいた。それが逃亡犯のニュースによって変わり、人生に影響を与えていく。
「日置は目的があって逃亡していて、住民たちのことは考えてもいない。私は“あなたの人生を変えてあげます”といって現れるものは信用していません。おこがましいわーって思う。人生が変わる瞬間は、小さな偶然の結果であってほしいし、全然違う方向から吹いてきた風が変化を与えることもある。だから失望するなって言いたかったのかもしれない」
終盤はそれぞれの行動が絡み合って意外な結果を生み、伏線が回収される爽快感が。ちなみに3世代が暮らす長谷川家の祖母にラスボスのような風格があるが、
「ロス・マクドナルドの『さむけ』のある怖い登場人物をモデルにしています。今回は大好きな夫婦作家(※ミラーとマクドナルドは夫婦)の影響を受けて書きました! そこにナイトスクープも入れました! という感じですね(笑)」
その結果、津村さんならではの極上の群像劇が生まれたわけだ。
『つまらない住宅地のすべての家』 コンビニもない静かな住宅地。横領犯の女性が脱獄、この地域に向かっていると知った住民たちは交代で見張り番を立てることに。それぞれの反応と事情とは。20人以上の日常が絶妙に交錯する群像劇。双葉社 1760円
つむら・きくこ 1978年、大阪府生まれ。’09年「ポトスライムの舟」で芥川賞、’16年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、’17年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞など受賞多数。
※『anan』2021年4月21日号より。写真・中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世
(by anan編集部)