小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き○○○○⚫︎:第40回目『I LOVE NY』

小島秀夫の右脳が大好きなこと=○○○○⚫︎を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き○○○○⚫︎」。第40回目のテーマは「I LOVE NY」です。


6月、ニューヨークを再び訪れた。歩けば至る所で、“I ❤️ NY”のロゴを見かける。その度、自問自答する。“ニューヨークをどれだけ愛しているのか?”と。

“I ❤️ NY”は、’70年代にニューヨーク州が、観光客を呼び戻すために打ち出したロゴ・スローガン。グラフィックデザイナーのミルトン・グレイザーがデザインした(タクシーの座席で封筒にスケッチしたものが元になっている)誰もが知っているアイコンだ。当時のニューヨークは、経済破綻による失業率の悪化、重犯罪の蔓延、治安組織の弱体化、ギャングの抗争、インフラの老朽化などにより、“恐怖の街(Fear City)”と呼ばれる程、治安は悪化、夜は出歩けない無法地帯と化していた。このキャンペーンには、荒廃してゆくニューヨークを活気づけるひとつの願いがあった。“LOVE”という単語を“ハートマーク”に置き換えたことで、絵文字の先駆けだとも言える咀嚼しやすい共通言語として、世界中に拡散した。このあと、世界中の観光地がこれを模倣し、広告業界での“❤️”は、“LOVE”の象徴となった。

’70年代の日本では、成功を収めるためにはまず“東京に上京”する。それはアーティストや芸能人、活動家、政治家といった特殊な職業に限らず、進学や就職もそうだった。日本の中心にすべてが集中する故の暗黙の不文律だったのだ。では、日本で成功した挑戦者は、さらなるレベルアップを目指して、何処へ向かえばいいのか? それが国際都市である“ニューヨーク”だった。芸術、音楽、ファッション、演劇、建築、金融、メディア、学術、政治、すべての頂点がここにある。ニューヨークは、アメリカの一都市ではない。世界の頂上だった。多くの日本の著名人たちも、ニューヨークに移住しては、箔をつけた。誰もが日本人特有の“アメリカンドリーム”を夢見ていたのだ。

ゲーム市場がグローバル化する’90年代後半から、渡米する機会が増えた。ただし、ニューヨークを訪れる機会はなかった。そこで思いついたのが、『MGS2』(注1)の舞台をニューヨークに設定することだった。

1999年、取材のために初めて、ニューヨークを訪れた。ゲームの舞台となるマンハッタンやセントラルパーク、バッテリーパーク、リバティ島、ハドソン川やイースト川沿いなど、陸路、航路、ヘリからの空撮取材を行った。NYPD爆弾処理班の見学やエンディング曲のヴォーカル・オーディションなども含め、1週間にわたり、初のニューヨークを謳歌した。ところが、違和感が残った。落書きもなく、ゴミも落ちていない。街は美しく、安全だった。僕が映画で観慣れた街とは、違った。

僕の中でのニューヨークは、『タクシードライバー』(注2)や『ウォリアーズ』(1979)、『ジャグラー ニューヨーク25時』(1980)、『ニューヨーク1997』(1981)で描かれたような、剣呑だが現実離れしたダークな活気に満ちていた。現在のクリーンで安全なイメージは、ジュリアーニ市長が治安改善に大鉈をふるった’90年代以降に定着したものだ。「I ❤️ NY」のキャンペーンから20年を経て、“恐怖の街”は、“観光の街”に変わり果てていた。

コジプロを立ち上げてから、ニューヨークには年に数回は訪れるようになった。ニューヨークは、変わらず、世界の中心であり続け、知り合いも大勢いる。ロンドンやベルリンにも通じる大好きな街だ。それでも“I ❤️ NY”のTシャツやグッズを一度も買ったことはない。

僕とレフン監督(注3)がコラボレーションしたプラダの展覧会の第2弾「Satellites II」(注4)が、6月3日~7日に、ニューヨークで巡回型プライベートイベント「PRADA MODE」として開催された。ニューヨークのカルチャー史を記憶する「ホテル・チェルシー」をメイン会場に、プラダの大型旗艦店「プラダ ニューヨーク・エピセンター」、老舗デリカテッセン「カッツ・デリカテッセン」、映画館「アンジェリカ・フィルムセンター」などで、関連プログラムを同時に実施。ニューヨークという街と歴史、ファッション、ニューヨークに棲む“魔物たち”を巻き込んで、“Ms.PRADA”(連載第31回「“PRADA”に逢う」参照)も絶賛する程の大盛況で終わった。

年輪のように歴史を堆積しているホテル・チェルシーに連泊し、深くニューヨークに纏わった人たちやこの重力場から逃れられない友人(ニューヨーカー)たちと再会、この街を生きたであろう、亡霊たちの気配を感じつつ、まさに過去から現在を体感した1週間だった。これまで自分が見てきた表面だけの観光地とは違った、もっと深い、街の基盤に触れたような、公表できない深く暗い闇も垣間見た。なぜ、人はこの街に集まるのか? なぜ、この街が出来たのか? なぜ、今も魅力を放っているのか? その答えが見つかったように思えた。

多くの日本人同様、子供の頃の夢は、ニューヨークという土地に足を踏み入れることだった。しかし、自我に根付いた目的は、観光地に上陸することではなかった。

僕が影響を受けたニューヨークのクリエーターを挙げるとするなら、マーティン・スコセッシ(映画)、ビリー・ジョエル(音楽)、ポール・オースター(文学)の3名になる。「Satellites II」の開催中、「トライベッカ映画祭」(注5)が例年通りに行われていた。主要会場の1つである「OKX Theater at BMCC TPAC」で、『タクシードライバー』公開50周年記念の特別上映会が行われるという。『タクシードライバー』は、僕のオールタイム・ベスト2をずっと維持している特別な作品。幸運にもその上映会に招待された。そこで念願のスコセッシ監督と逢うことができた。ステージの舞台裏でスコセッシ監督、ロバート・デ・ニーロ(逢うのは3回目)、ポール・シュレイダー(品川のコジプロにも来てくれた)、ジョディ・フォスターら伝説の4人と同席、話ができた。ニューヨークの人たちが、ニューヨークを舞台に創出した、僕の人生を変えた至宝のニューヨーク映画。その立役者たちの背中を追ってここまで辿り着いた。そうだ、これが僕のニューヨークだ。“I ❤️ NY”のTシャツは、必要ない。僕の胸には、❤️ が、しっかり記されている。

注1:MGS2 小島監督が手掛けたメタルギアシリーズ4作目『メタルギアソリッド2 サンズ・オブ・リバティ』。
注2:『タクシードライバー』 1976年に公開された、マーティン・スコセッシ監督作。脚本はポール・シュレイダー、主演はロバート・デ・ニーロ。撮影当時13歳だったジョディ・フォスターが強い存在感を見せ話題に。
注3:レフン監督 ニコラス・ウィンディング・レフン。デンマーク出身の映画監督。『DEATH STRANDING』にハートマン役で出演。
注4:Satellites II 2025年にPRADA AOYAMAで開催された小島監督とレフン監督のコラボ展覧会「SATELLITES」の第2弾。
注5:トライベッカ映画祭 マンハッタンのトライベッカにて毎年開催されている映画祭。2002年にNYの9.11からの復興を願ってロバート・デ・ニーロらによって立ち上げられた。

今月のCulture Favorite

PRADA MODEトークセッションに一緒に参加した、今アメリカで最も注目されている詩人アマンダ・ゴーマンさんと。

トライベッカ映画祭で行われた『タクシードライバー』公開50周年記念特別上映会の楽屋での、マーティン・スコセッシ監督との記念写真。

Profile

小島秀夫

こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。1987年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。

PC版『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』が発売中!

小島秀夫監督が編集したロンチトレーラー“No Rain, No Rainbow”

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★次回は、2508号(8月19日発売)です。

写真・内田紘倫(The VOICE)

anan 2504号(2026年7月15日発売)より
Check!

No.2504掲載

整う腸活 2026

2026年07月15日発売

お腹の調子だけでなくダイエット効果、免疫力、睡眠の質や肌荒れの改善など全身への効果が報告されている「腸活」。今回は無理せずに日々の暮らしに取り入れられる、やさしい腸活のアイデアをレシピ、アイテム、エクササイズなど幅広く紹介していきます。

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