『ゴジラ』の“特撮”を支えた、美術監督・井上泰幸の軌跡を辿る展覧会

2022.3.29
「特撮」のリアリティはこうして生まれた!? 『生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展』に注目します。

東京湾から襲来するゴジラ、デパートの屋上に舞い降りるラドン。昭和の子どもたちが胸躍らせた怪獣映画の破壊シーンがすべて手作りだったと聞くと驚くかも?

「CG映画のなかった時代、戦争や怪獣、自然災害によって破壊される市街地など実写では撮影不可能な場面をミニチュアセットや模型を使って撮影したのが特撮(特殊撮影)と呼ばれる手法です。1954年公開の『ゴジラ』をはじめ、特撮の先駆者といわれる円谷英二監督を支え、監督が描くイメージを“実装”する役割を果たしたのが美術監督の井上泰幸さんでした」(東京都現代美術館学芸員・森山朋絵さん)

徹底したロケハンと綿密なスケッチをもとに実景に忠実なセットを作り上げ、数々の名場面に貢献したほか、自ら設計した撮影所のプールで模型を使った海戦シーンを撮影、波起こし機を考案するなど、新しい手法を果敢に切り開くパイオニアでもあった。本展ではそうした業績とともに、井上さんの「表現者」としての個人史にもスポットを当てる。

「太平洋戦争で片足を失い帰国した井上さんは、紆余曲折を経て28歳で大学に入り、バウハウスで学んだ山脇巌氏のもとでデザイン教育を受けています。初期の作品からは、テクノロジーを戦争ではなく芸術に向けられる喜びが伝わってきますし、同時代の前衛美術グループ〈実験工房〉が舞台パフォーマンスの装置に電飾やプラスチックなど、新しい素材を進んで用いた“総合芸術”の姿勢とも共通するかもしれません」

会場ではスケッチや図面、ミニチュアなど数百点に及ぶ資料や貴重なメイキング画像が見られるほか、「昭和の特撮が令和の技術で蘇る」(森山さん)さまも見逃せない。『日本海大海戦』(1969)で使われた戦艦三笠の6mの模型も原寸大の3D画像で会場に登場する。また『シン・ゴジラ』(2016)で特撮美術監督を務めた三池敏夫氏が『空の大怪獣ラドン』(1956)の名場面、福岡・天神のデパートにラドンが舞い降りるセットを復元。このセットのみ限定で写真撮影OKなので、ぜひ自分だけの特撮シーンを!

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福岡・岩田屋周辺ミニチュアセットのメイキング写真、「空の大怪獣ラドン」(1956)より ©TOHO CO., LTD.
CGがかつて苦手としていた物体の重みを感じさせる空気感が特撮の強み。地元のデパートに本当に怪獣が舞い降りたかと九州の子どもたちを驚かせた名場面の撮影風景。

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怪獣・建造物設定対比図、「モスラ対ゴジラ」(1964)より ©TOHO CO.,LTD.
名古屋のテレビ塔、天守閣、ゴジラ、モスラの大きさの比率を示した手描きの図面。

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万能潜水艦アルファ号 デザイン画、「緯度0大作戦」(1969)より ©TOHO CO., LTD.
戦時中、海兵団に所属した井上さんは海戦ものを得意とした。この潜水艦は肖像写真で井上さんが手にしている模型と同じ「アルファ号」。

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いのうえ・やすゆき 1922年生まれ。円谷英二(1901‐1970)のもと、特撮美術スタッフの一員としてキャリアを本格的にスタート。井上に学び協働した三池監督に加え、庵野秀明監督、樋口真嗣監督ら最前線で活躍するクリエイターたちに大きな影響を与える。2012年没。
井上泰幸 アルファ企画にて、1994年 撮影:斎藤純二

『生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展』 東京都現代美術館 企画展示室 地下2F 東京都江東区三好4‐1‐1 開催中~6月19日(日)10時~18時(入場は17時30分まで) 月曜休 一般1700円ほか TEL:050・5541・8600(ハローダイヤル)

※『anan』2022年3月30日号より。取材、文・松本あかね

(by anan編集部)