サスペンス満載の恋愛短編集 “ハラハラする”十市社の『亜シンメトリー』

2021.6.5
意味深なタイトル、巧みな文体、センスのいいエピソードやモチーフ…。そのすべてに痺れる、十市社さんの『亜シンメトリー』。なかでも表題作は、十市さんが初めて短編に挑戦した作品だそうで、魅惑的ないくつもの謎に陶然とする。執筆に1年以上かけたという野心的な一作だ。

謎解きの難易度高め、読む快感強め。魅力的な仕掛けで惑わせる短編集。

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「物語を面白くするにはどうすればいいかと考えていくうちにこうなった、というのが正直なところです。ただ、ヒントはすべて書いてあるつもりなので『読み終わっても、よくわからない』という反応になるとまでは思っていなかったです(笑)」

大学講師の亜樹は、通勤に利用している循環バスで〈六十の境はまだ越えていない〉くらいの年齢の花田早由里と乗り合わせる。ふたりはやがて奇妙なゲームに興じるようになるのだが、その流れで、亜樹は早由里の初恋物語を知ることになり…。

「自分にいろいろ縛りを設けた作品で、シンメトリーにこだわりを持つ女性というのもその一つですね。さらに、宇治の巨椋池や、和辻哲郎さんの随筆、その辺りを走る循環バスなど、作中に織り込める実在の場所やものがつながって、物語の世界を広げてくれました」

他に3つの短編が収録されている。1話めと3話めは、大学のジャズサークルで先輩後輩の関係にある中熊美緒と千日顕、美緒の高校の後輩の紫子が登場。紫子の叔父のジャズ喫茶〈ポーギー〉で顔を合わせて交わす、緊迫した会話が秀逸だ。

「『枯葉に始まり』では、高校の美術部での事件について書き起こされたテキストを、謎としてどう活かすかから着想しました。その9年後を描いたのが『三和音』。3人の関係性が持つインパクトはいまだからこそ強いかも。設定が決まると場にふさわしい人物が現れるので、彼らを観察するように書いています」

2話めの「薄月の夜に」は一人称視点で語られるいびつな恋愛劇なのだが、「私」など自分を指す言葉が一切出てこないために、物語と不思議な体感で向き合えるのが面白い。

「意図的に人称を使わないことで、得体の知れない男という印象を持ってもらえたらいいなと考えました」

実は本書は、登場する男女の関係がどう転ぶかわからない、サスペンスフルな恋愛短編集としても一級品。何度も読み返したくなる。

『亜シンメトリー』 十市さん自身も「読み返してみたら、すべて三角関係の話だと気づきました」と言うように、ハラハラさせられる危うい恋愛譚揃い。新潮社 1815円

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とおちの・やしろ 作家。1978年、愛知県生まれ。Amazon Kindleストアにて発売した『ゴースト≠ノイズ(リダクション)』が、のちに東京創元社で刊行。他の著書に『滑らかな虹』。

※『anan』2021年6月9日号より。写真・中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)