古今東西の詩で味わう、官能。
詩が本来持っている特有の性質には、官能と密接に結びつくものがある。
「もともと詩は直情的に表現するというより、比喩などを用いて思いを述べていくもの。ですから、うちに秘めた感情を歌いやすい文芸表現のひとつだと思います」(Pippoさん)
ストレートな表現ではないぶん、想像を巡らせる余白が読み手に与えられていることが、最大の特徴といえる。
「想像力だけでなく、知識や感受性などを駆使して、読み手が掴み取っていくものともいえます。それだけいろんな読み解き方があるので、5人の読み手がいたら、おそらく5通りの感じ方が存在することになり、それが詩の豊かさにつながっていく。真剣に向き合うと、これほど面白いテキストはないですよ」
退廃的な美に耽溺する。
既成のルールや常識にとらわれず、欲望に忠実に、いつ死んでも後悔しない人生を送ること。誰もが羨みながらも恐れる生き様を体現した人が、たどり着いた境地とは。「恋に生きた貴族詩人バイロン。破壊的な衝動をうちに秘め、生きることを楽しんだ村山槐多。非常にいびつで、不思議な魅力のある詩人たちの背景を知ると、より深みが増してきます」
Poem1
夜は、恋するためにつくられ
そしてたちまち昼はかえってくるが
しかし、われらは、さまようのをやめよう
月光にいざなわれてさまようのを。
「いまは、さまようのをやめよう」より
恋多き男が放蕩の果てに漏らした哀愁。
19世紀前半に活躍したイギリスのスター詩人バイロンは、当代きってのモテ男。女性関係のもつれでイギリスを去り、ベネチアに渡って読んだのがこちらの詩。
「女性たちと情欲の日々にふけり、さまよい続けた人間の内側から、ふと漏れ出たような実感に満ちた詩です。『夜は、恋するためにつくられ』というロマンティックな表現のなかに、恋に身をやつし続け、孤独のなかに死んでいった男の哀しみと官能が感じられます」
『バイロン詩集』阿部知二訳 520円(新潮文庫)
Poem2
死と私は遊ぶ樣になつた
靑ざめつ息はづませつ伏しまろびつつ
死と日もすがら遊びくるふ
美しい天の下に
私のおもちやは肺臟だ
私が大事にして居ると
死がそれをとり上げた
なかなかかへしてくれない
やつとかへしてくれたが
すつかりさけてぽたぽたと血が滴たる
憎らしい意地惡な死の仕業
それでもまだ死と私はあそぶ
私のおもちやを彼はまたとらうとする
憎らしいが仲よしの死が
「死の遊び」より
自らの死とさえ戯れた早世の詩人の遊び心。
22年間の短い人生を駆け抜け、数多くの作品を遺した村山槐多。
「画家でもある彼は、ほとばしるようなガランス(茜色)をふんだんに使った絵で知られています」
亡くなる直前に紡いだ言葉からも、特異な生き様が見えてくる。
「死を忌むべきもの、怖いものとは捉えず、まるで友人のようにえがいている。エネルギーの塊のような人間に死期が迫ってきたときの心のあり方、命を燃やし尽くそうとする様が鮮烈です」
『槐多の歌へる 村山槐多詩文集』村山槐多 酒井忠康編 1600円(講談社文芸文庫)
Pippoさん ピッポ 近代詩伝道師、朗読家、著述家。2009年より「ポエトリーカフェ」を月例にて開催。著書にエッセイ『心に太陽を くちびるに詩を』、インタビュー集『一篇の詩に出会った話』。
※『anan』2021年2月10日号より。写真・中島慶子 文・兵藤育子
(by anan編集部)