レズビアン・バーの人間模様描く『ポラリスが降り注ぐ夜』のリアリティ

2020.5.18
新宿二丁目のレズビアン・バーがつなぐ、ひと、思い出、運命。李 琴峰さんによる小説『ポラリスが降り注ぐ夜』。
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「新宿二丁目は、わずか1km四方ほどの面積に、セクシュアル・マイノリティのための店が約400軒も立ち並ぶ、世界でも稀有な繁華街です。台湾から来た私から見たら、いろいろな属性の人が立ち寄ったり、つながりを持ったりするちょっとしたコミュニティという印象でした」

李琴峰さんの『ポラリスが降り注ぐ夜』で、物語のハブとなるのは、その二丁目にあるレズビアン・バー〈ポラリス〉。章ごとに主人公は入れ替わり、ある章でモブだった人物が別の章では大きな役割を果たす。北斗七星にちなんだ7つの連作で女性たちの人生の断章が描かれる。

既存の小説では、二丁目といえば、ゲイタウンや男性同士の関係ばかりがフォーカスされてきたが、

「かつて花街や赤線地帯だった興味深い背景もあります。なので私はいつかそうした歴史も重ねながら、この街に集う女性たちの物語として書いてみたいと思っていました」

バイセクに警戒心を持つレズビアンの日本人女性〈ゆー〉、誰に対しても恋愛感情や性的欲求を持たないAセクシュアルゆえに理不尽な攻撃を受ける中国人女性〈蘇雪〉、自身の性と社会の差別に苦しみながらトランジション(性別移行)をしていく台湾人女性〈蔡曉虹〉…さまざまな性的指向と性自認を持つ女性たちの想いが吐露されていく。ひと口にセクシュアル・マイノリティと言っても、それぞれの認識はもっと複雑でデリケートなものだと改めて思う。

「ある人は自分で決めたいし、ある人は決めたくない。絶えず揺らぎながら生きている人もいます。言葉は不思議で、ありように名前をつけることで定義できる面もあるけれど、一方ではその言葉に縛られてしまう苦しさも。諸刃の剣なんです。そうした切実さを避けず、リアリティをもって書きたいと思いました」

台湾はアジアで最初に同性婚を認めたが、その法制化や社会の価値観にも大きな影響を与えたという〈ひまわり学生運動〉など、史実を踏まえた作品もあり、生々しく重い。

だが李さんが何より危惧するのは、わかった気で他者をくくることだ。

「マイノリティ同士でもすんなりわかりあえたりしない。必ずしも連帯できない。それは私が大事にしている問題意識で、これまで、あまり書かれてこなかったものだと思います」

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り・ことみ 1989年、台湾生まれ。早稲田大学大学院日本語教育研究科修士課程修了。2017年、「独舞」で群像新人文学賞優秀作を受賞。’19年、「五つ数えれば三日月が」が芥川賞候補に。

『ポラリスが降り注ぐ夜』 著者の意向により本書の電子書籍の印税の一部が、新宿二丁目の足湯cafe&bar『どん浴』(https://donyoku.dosl2018.net/)に寄付される。筑摩書房 1600円

※『anan』2020年5月20日号より。写真・中村ナリコ(李さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)