
『anan』での人気連載12編に、書き下ろし12編を加えた青山美智子さんの新刊『チョコレート・ピース』。刊行を記念して、青山さんと、書店員でありエッセイスト、踊り子の新井見枝香さんによるトークショー「スイート&ビター。だから人生は美味」が、8月18日に下北沢の『B&B』で行われました。プライベートでも仲良しであるふたりの、対談の様子をレポートします。
自分の半生を思い出しながら書きました
青山美智子さんが作家デビューをした時からの知り合いで、今では「大好きな友人」だという新井見枝香さん。そんなお二人だからこそ生まれる和やかなムードの中、トークイベントは行われた。
まずは、『anan』で連載がスタートし、『チョコレート・ピース』ができるまでの経緯をあらためて振り返る。新井さんに「チョコレートが好きなんですか?」と聞かれた青山さんは、「チョコレートってカレーと同じで、好きとか好きじゃないとかではなく、いつもあるもので、定番の味」「変幻自在というか。液体にもなるし、アイスにもホットにもなる。本当な甘くなくて苦い、まさに“スイート&ビター”なところがいいですよね」とその魅力を語るところから、トークが弾んでいく。
作品を書いていく過程で、自身の過去、そして恋愛についてたどる作業をしたという青山さん。
「『チョコピ』は、いろいろな年代のさまざまな人たちのお話ですが、自分の半生を思い出しながら、高校時代や30代の時の悩みとかをリストアップして、チョコレートを当てはめていったんです。そうやって振り返ってみると、いかに自分が恋愛下手だったかということが蘇ってきました。上手い下手ではないですが、圧倒的に切ない記憶のほうが強いんですよね」(青山さん)
「恋愛ってどこまでだ?と考えた時に、テレビの中の人をすごく好きになることは一方的な想いだから人から見ると不毛かもしれませんが、私はそういう期間がわりと長くて。でも、『チョコレート・ピース』を読んだ時に、いや、それも立派な恋だし、恋している私って結構、可愛かったんじゃないかなって思えました」(新井さん)
「本当にいろいろなシーンがあるけれど、経験談というより憧れもあるんです。一番最初の章が、高校の学祭でチョコレートバナナを作るブースでのお話ですが、私にとっては少女漫画の世界でしかなくて。全然経験がないのに書いている、憧れというか妄想というか。小説はそういうものだと思っています」(青山さん)

おふたりのトークに集まった人たちも思わず笑顔がこぼれる。
自分の“好き”に忠実にいると世界が繋がっていく
過去について話すなかで、新井さんに「私は中学、高校のことは忘れていて。記憶がビビッドですよね」と言われた青山さん。そこから話は広がり、最近、長年の悩みが着地したことを明かした。
「小さい時から辛いことや嫌だったことを、ずっと忘れられない体質で、トラウマだらけで。生きるのがすごくあ辛かったんです。55歳まで、何かを見ては思い出して苦しんでいて。でも最近、だから小説が書けるのかなって気がついたんです。この面倒くさい体質は小説を書く上では強みかなと思えるようになりました。だから、“神様ありがとう”という気持ちになれたので、これからも忘れずに作品に投影していけたらいいなと。
“スイーツ&ビター”のビターの部分ばかりで、ビタービタービタービターなんだけど(笑)、その分、ちょっと嬉しいことや華やいだ気持ちになることがあると、たぶん人の3倍嬉しいんです。基本ダメ元で生きているから、すごい喜ぶの。ということを、この歳になってやっとわかってきました」(青山さん)
「喜び上手ということで言えば、青山さんがご自分の本が並んでいることをいつもとても喜んでくれることは書店員としても、すごくびっくりしています。本を出したから書店に置くのは当たり前なんだけど、そのことにいつまで経ってもびっくりして、『こんなところに!?』って。そのすっごい派手な喜び方はほかの人まで幸せにするよね」(新井さん)
また、青山さんはずっと、相手に迷惑だと思われたくない、嫌われたくないという思いから、人に対して「好き」「嬉しい」「仲良くしたい」ということが言えない人生だったという。それが、50代になって言いやすくなり、自身のデビュー作が舞台化された作品に、子役だった少女時代から応援している俳優が出演することになった際は、初顔合わせの場で彼女に気持ちを素直に伝えられたと言い、好きなことに対して正直であることの大切さについて言及した。
「自分の“好き”に忠実にいると、好きな世界同士が繋がったり、好きが好きを連れてきて、思いがけない出来事が起こったりするのかなって」(青山さん)
「『チョコレート・ピース』のショコラティエの章では、いろんなことでつまずいたり、間違えたり、転んだりしても、それは無駄じゃなくて、転んだ分先に進んでいるんだよということが書かれています。読んだとき、躓いてばかりの自分が肯定されたような気持ちになりました。その人は周りの反対もあっただろうけど、やりたいことをやって生きている。今の話と通じますが、青山さんも、やっぱり自分に正直に、これを書きたいとか、やりたいとかをずっとやってきたんだろうなって」(新井さん)

小説家になってすべてが生かされている青山さん。
青山さんの作品にはハッピーとそうじゃないことの両方が書かれている
トークショーの終盤では、「最近、結局、明日のことはわからないとすごく思うようになった」と、さらなる変化についても触れる。
「世界ではいろいろなことが起こっているし、この先の不安だってずっとあるじゃないですか。明日がわからないというのは0歳も100歳も全員同じで、みんな今しかないんだなと。諦めたというのは言い過ぎですが、今が大事だって思えるようになったんです。今好きなものが大事で、たとえ後で好きじゃなくなったとしても、それは悲しいことじゃないし、その時の“好き”がいろいろな世界に繋がっていると感じます」(青山さん)
「青山さんの本を読んだ時が、まさにそういう感じかな。現実は何も変わってないし、明日やらなきゃいけないこともあるけど、本の中にいる人たちが幸せだといいなと思いながら読んで、幸せになったのを見てまた“はぁ…”と。自分じゃないし、自分を投影しているわけでもないんだけど、その人たちが何か気づいたり、少し進んだり、恋が始まって終わったりするのを見て、なんか全部良かったなと思えたりする」(新井さん)
「少し話は逸れちゃうけれど、辛いことはこれからもきっとあるはずで。私は、『いつかいいことがある』『いつかいい記憶になる』という言葉が嫌いで、そうじゃなくて、苦しい今を乗り越えるためにどうしたらいいかを教えてほしいと思っていたんです。では、苦しさを乗り越えるにはどうすればいいかというと、いま自分は辛いんだと味わって、咀嚼するしかないのかなと。一回、徹底的に辛い気持ちになってみる、落ちるところまで落ちてみる」(青山さん)
「悩んだりしない人は、こうした小説を書けると思いません。青山さんの作品はパッと見では、ハッピーで優しくて、みんないい人です。私は普段、そうした作品をあまり読まないのに、なぜこの人の作品は読みたくなるんだろうと考えると、そうじゃないことが必ず書いてある。ハッピーとそうじゃないことの両方が書いてあるからなんですよね」(新井さん)

人生にあるハッピーと、そうじゃないことを平等に扱う小説。
意図していない物語が、それぞれの読者さんにある。
また、最後に読者の方への思いも語った青山さん。
「私の本を読んで、優しい気持ちになったとか、温かい作品だと言ってくださる方がいますが、その人自身が優しいんだと思います。私が言語化したことで、その人がもともと持っていたものの答え合わせができたというか。読者さんのコメントやお手紙に、“これはこういう話だったんだ”と思わされることが、すごく多いです。私が意図していない物語がそれぞれの読者さんにあって、私にできることは、それを届けることなのかなって。私が書いた物語の先に、読者という人がいる。そのことが、私が小説を書く時の支えになっています」
途中、読者へ想いがあふれ、涙を流す場面も。また、「特定した誰かにではなく、あなたに向けて書いています」「書店で私の本の前にいるお客さんを見ると、ちょっとそわそわしちゃうし、レジに持って行ってくれたら追いかけてお礼を言いたい」と、感謝の気持ちを述べた青山さん。
読者からの質疑応答を経て、90分のトークイベントはあっという間に終了。穏やかなトーンで語られながらも、青山さんの作品への想いや、読者が自身の作品を手に取ることに対する大きな喜びが伝わってくる時間となった。
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『チョコレート・ピース』(青山美智子・著)
『anan』での人気連載12編に書き下ろし12編を加え、書籍化。5年連続本屋大賞ノミネートの最注目作家・青山美智子が贈る優しさ成分120%の物語!