あったかい。それは飲食店における、とても大きな価値だと思う。尾山台に11月にオープンした『ひこうき』は、まるで誰かの家に招かれたような親密さがある。カウンターから差し出される料理は、野菜の滋味深いスープに、おばあちゃんのパスタを思わせる手打ちのタリアテッレ。そこへ、焼酎のお湯割りや燗酒を合わせる。昔ながらの酒場の風景や伝統的な家庭料理など、店主の山本ヒロキさんは普遍的な味の欠片を縦横無尽に掬い上げ、自分らしい解釈で一皿に仕上げる。そこから立ち上がるのは、衒(てら)いなくスッと体に馴染み、静かな幸福感のある料理だ。
「ジャンルがゆるーい店なので、なんかいいねって思ってもらえたら」と山本さん。主義主張をはっきりと求められる時代だからこそ、“なんか”の包容力の偉大さを思う。例えば山本さんは、ご縁ある農家さんの自然農のお野菜を主体的に使うけれど、わざわざ説明をしない。彼の中には大切にしているものが色々とあるのだろうけれど、それを押し付けたりもしない。「いつも家族のことを想って料理するように、お客さんにも見栄をはらないでいたいなぁって。ただ、ホッとする時間を過ごせたら」。今、この時代に求められているのは、クールではなくウォームなレストランなのだ。そう気付かされた。
PROFILE プロフィール
平野紗季子
ひらの・さきこ 1991年生まれ。フードエッセイスト。著書にエッセイ集『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)、『ショートケーキは背中から』(新潮社)など。
INFORMATION インフォメーション
ひこうき
東京都世田谷区尾山台3‐23‐18 TEL:090・1076・4223 18:00~22:00 月曜休