
ⒸThe IDEAfirst Company, Octobertrain Films, Quantum Films
英語文学教授と教え子が繰り広げるワンシチュエーション会話劇『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』をご紹介します。
劇的な変貌を遂げる90分の会話劇
著名な作家である恋人マルコスを亡くしたばかりの英語文学教授エリックと、その教え子ランスが、レストランで語り合ううちに、自ら命を絶ったマルコスをめぐる秘密が浮かび上がる。トランスジェンダー女性の誇り高い人生を描いたフィリピン映画『ダイ・ビューティフル』が日本でも好評を博したジュン・ロブレス・ラナ監督のもと、ベテラン俳優ロムニック・サルメンタと、BLドラマ『ゲームボーイズ』で注目されたイライジャ・カンラスが顔を合わせた本作は、実に挑発的な会話劇だ。
レストランのホールスタッフや客の姿もあるとはいえ、主な登場人物はエリックとランスの2人だけ。彼らがやりとりを繰り広げるのも、レストランのテーブルを挟んでのみというミニマムなセッティング。しかも、ラナ監督はマルコスを含めた彼ら3人の間に何があったのかを、回想シーンを挿入したりせずに、90分というリアルタイムの会話を通して鮮やかに描き出すのだ。
マルコスとエリックの間では、エリックとランスの関係についてどんな会話がなされていたのか。そして、エリックの知らないところでマルコスとランスの間では、どんなやりとりがあったのか。それが明かされていく瞬間が、実にエキサイティング。エリックとランスを演じていた二人がそれぞれ、眼鏡をトリガーに、マルコスという3人目の登場人物として話し始めるのだ。
極めて演劇的な手法だけれど、それが映画の中で行われることによって、2人だけの会話劇が生み出す緊張感とあいまって、これまでにない興奮を味わわせてくれるという面白さ。ベテランのサルメンタはもちろん、撮影当時まだ21歳だったカンラスが、年の離れたマルコスの人格になり変わってからの別人ぶりにも興奮が止まらない。この表現スタイルがあまりに効果的なので、戯曲の映画化なのかと思ってしまったけれど、さにあらず。逆に本作の成功を受けて、2026年にはフィリピンで舞台化が予定されていて、舞台版でもこの二人が共演するというのも楽しみだ。
けれども、この作品が野心的なのは、そうした演出だけにとどまらない。大人のカップルの関係に、若くて魅力的な男子の存在が波紋を起こすというよくある話かと思いきや、作家志望のランスの野心が絡んで、物語は次第にサスペンスの様相を呈していく。さらに、エリックとランスの会話を通して、ラナ監督は、フィリピンのLGBTQ+事情や、性をめぐる問題、SNS世代の価値観、世代間の意識の違いをも浮かび上がらせる。なかでも印象的なのは、文壇を代表する存在であるマルコスの言葉として語られる、ランスをはじめとしたSNS世代への辛辣な評価。それは、彼ら世代に対してのみならず、現代社会そのものに向けられているかのようで胸に刺さる。
もともとは、映画を撮ることが困難だったコロナ禍に、ラナ監督が個人的な気持ちを日記として記録するつもりで書き始めたという物語だけれど、結果的に生と性を通して、フィリピン社会の現在を映し出し、それが普遍性を備えながらもフィリピン映画独自の魅力を生み出している。映画の国境がなくなりつつある時代だからこそ、その国ならではの映画の空気感は強力な武器だ。
information

『アバウトアス・バット・ノット・アバウトアス』
英語文学教授と教え子が繰り広げるワンシチュエーション会話劇。監督・脚本/ジュン・ロブレス・ラナ 出演/ロムニック・サルメンタ、イライジャ・カンラス シアター・イメージフォーラムにて公開中、全国順次公開。
anan 2480号(2026年1月21日発売)より





















