写真・上飯板一

松任谷由実さんの40枚目のオリジナルアルバム『Wormhole/Yumi AraI』の完成を記念したPREMIUM試聴会&トークライブが10月17日に「109シネマズプレミアム新宿」で開催された。ユーミンが試聴会に参加するのは16年ぶり。オールブラックでエッジの効いた衣装に身を包んだユーミンがにこやかに登壇すると会場からは大きな拍手が沸き起こった。

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    デビュー当時の初期衝動で制作された「今の私の最高傑作」

    トークライブはユーミンの他に松任谷正隆さん、ミックスエンジニアのGOH HOTODAさん、音声合成ソフト「Synthesizer V」を開発したプログラマーのKanru Hua(カンル・フア)さんが参加。

    多次元世界をつなぐ「Wormhole」をテーマにした今作は、荒井由実時代から現在に至るまでの大量のボーカルトラックを「Synthesizer V」に学習させて再構築。更に現在の歌唱法をデータ化して合成することにより“第3の声”を生み出したという。

    まさに、53年にわたる長い音楽活動を行ってきたユーミンだからこそできた人間とAIの共生により生み出された今作。ユーミンは「ここまでやってきてデビュー当時の初期衝動が戻ってくるとは自分でもすごいことだと思う」と制作を振り返り、「今の私の最高傑作です」と晴れやかな笑顔で語った。

    1日2回の夫婦のティータイム

    トークライブではユーミンと松任谷正隆さんの二人で、普段のご夫婦の様子が垣間見れるような貴重な話も展開された。

    毎朝、6時前には起床して運動することを日課にしているというユーミン。午前中に「一お茶」「二お茶」と呼ばれる夫婦のティータイムが2度あり、そこで新聞や雑誌を読みながら気になる話題があるとユーミンが正隆氏に「読み聞かせ」をするという。

    今回のアルバムに収録されている「Let It Rain」のなかに〈ティーバッグゆらすと/マグの底に溶けてく/ちょうどいい濃さの/愛情を見つけよう〉という素敵な歌詞があるけれど、ユーミンの音楽は今もそうした生活の中から生まれているのだなと感じ取ることができるエピソード。

    「本当は私が1人の時間を作りたくて早起きして始めた習慣だったんですけど、いつの間にか正隆さんが混ざってきたの(笑)」と語っていたけれど、日々のコミュニケーションの中で互いに新たな情報を共有しながら、ユーミンと松任谷正隆さんの音楽家としてのアイデアが生まれ、クリエイティビティが更新されていっているのだろう。

    AIの最先端の技術を心ときめかせながら駆使し、それだけでは補えない人間の感性を惜しみなく注ぎ込みながら、松任谷由実の最新アルバム『Wormhole/Yumi AraI』は生み出されたのだ。

    夫であり音楽プロデューサー・編曲家の松任谷正隆さんと。公私共に強力なタッグ! 写真・上飯板一

    AIの作詞は「新鮮味がない」

    トークライブの後の試聴会では、坂本龍一さんが音響監修した会場「109シネマズプレミア新宿」でアルバム『Wormhole/Yumi AraI』を全曲動画付きで聴かせてもらった。

    この会場にアジャストされたGOH HOTODAさんのDolby Atmosミックスも相まって、極上の音楽体験。時代も空間も異次元にトリップするような世界観を放つ1曲目の「DARK MOON」から幕を開ける今作は、ノスタルジックでスパイシーな失恋ソング「CINNAMON」や、海の輝きや風の匂いまで感じ取れるような「岩礁のきらめき」など、五感を刺激されるような楽曲が並ぶ。

    ユーミンは今回の制作において作詞をAIにやらせてみるという試みも行ったそうだが、その結果「自分では全く興味のない内容になってしまった。新鮮味がないんですよ」と語っていた。AIと上手く共生しつつも「人の心を動かせるのは人でしかない」という確信を得たことにより、手触りや、香りや、温もりといった五感や、郷愁や切なさや恋しさといった情感も、くっきり鮮やかに音楽の中に落とし込まれている印象を受けた。

    なおもトレーニングを続けるモチベーション

    何より今作は「Synthesizer V」の技術を取り入れることでユーミン自身が作曲家として自分の音域から自由になり、デビュー当時のような初期衝動に突き動かされながら制作できたということは大きいだろう。またそれによって「フィジカルが刺激されて鍛える必要があった」「荒井由実の時のノンビブラート唱法に戻し、トレーニングを続けた」と語っていたように、ボーカリストとしても更なるモチベーションになったのだから。

    「天までとどけ」のゆったりとしたグッド・メロディと、聴き手に青春の1ページを思い出させるような甘酸っぱさは、まさに令和のユーミン・ポップの真骨頂ではないだろうか。

    まるで80’sポップのようなきらめきとワクワクするような躍動感が迸る「LET‘S GET IT STARTED」では、〈いつかではなく 今を/きみは生きている〉と軽やかに歌い上げている。このアルバムに「強く、生きよ!」というメッセージを込めたという彼女の、音楽に対するエネルギッシュな挑戦そのものが私たちの糧となり、明日への指針となることだろう。

    アルバム『Wormhole/Yumi AraI』は11月18日にリリースされる。完全生産限定でCD+アナログ2枚組+カセットテープがセットになったオールメディア盤というユニークな商品形態があるのも、時代を超えて活躍を続けるユーミンならでは。アルバム発売前日となる11月17日からは東京・府中の森芸術劇場 どりーむホールを皮切りに全国ツアー「FORUM8 presents松任谷由実 THE WORMHOLE TOUR 2025-26」が行われる。

    トークライブの中でも「今はライブのリハーサルの真っ最中。このアルバムを自分の肉体に落とし込んだ」と語っていたユーミンの最新の音楽世界とパフォーマンスをぜひ体感して。

    ユーミン、40枚目のオリジナルアルバム

    information

    『Wormhole / Yumi AraI』

    完全生産限定のオールメディア盤【1CD+アナログ2枚組+カセットテープ】 ¥22,000のほか、初回限定盤【2CD+ Blu-ray】 ¥7,700、通常盤【1CD】 ¥3,600が。

    Profile

    松任谷由実

    まつとうやゆみ 1972年、多摩美術大学在学中に荒井由実として、シングル「返事はいらない」でデビュー。ユーミンの愛称で親しまれ、「ひこうき雲」「守ってあげたい」「春よ、来い」など、数々の名曲を生み出す。2022年デビュー50周年を迎え、『ユーミン万歳!~松任谷由実 50 周年記念ベストアルバム~』をリリース。オリコン史上初となる6年代(1970年代から2020年代)で首位を獲得。ギネス世界記録に認定された。ソロ歌手として史上初のアルバム総売上3,000万枚を突破する等、名実ともに日本を代表するミュージシャンのひとり。

    文・上野三樹

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