
楊 双子(よう・ふたご) 著 三浦裕子 訳『四維街(しいがい)一号に暮らす五人』
『台湾漫遊鉄道のふたり』(原題『臺灣(たいわん)漫遊錄』)の英訳版『Taiwan Travelogue』で、台湾人作家として初めて全米図書賞(翻訳部門)を受賞した楊双子さん。新刊『四維街一号に暮らす五人』は、日本統治時代に建てられた日式建築でシェアメイトとして暮らす女性大家と4人の女子大学院生の物語だ。
レトロ建築やグルメ、歴史、言語、サブカルに至るまで台湾てんこ盛り
「性格、大学の専攻、実家の経済力、エスニック・グループ、性的なあり方など、あらゆる面でなるべく個性にバラエティを持たせようと思いました。鉄道の話と違い、四維街一号の建物は移動がない舞台のようなもの。いろんな属性の、背景や感覚の異なる人たちが違った視点で互いにウォッチングし合うことによって物語が動いていくのではないか、もう一つの主役である建物の姿も見えてくるのではないかと考えたんです」
1幕ごとに語り手は替わり、修士課程1年生の乃云(ナイユン)と家樺(ジァホワ)、2年の小鳳(シァオフォン)と知衣(ジーイー)が順に、食や会話を通して絆を深めていくさまを活き活きと伝えてくる。コミュ下手、苦学、恋愛など彼女たちの悩みには共感必至。
「乃云から始めたのは、スタートにはシャイな人を置くといいと思ったんですよね。シャイな人はすぐに他者と交流したりはせずに、観察するという特性を持っています。そういうタイプの乃云の目を通して他の人物を最初に描写してくれたら、それが読者に登場人物を紹介する導入のようになってくれるかなと」
深い余韻を残す、大家の安修儀(アンシゥイー)の語りも圧巻。周辺諸国の情勢に揺れ動いた台湾の歴史と、己の一族や四維街一号をめぐる物語。遠い過去のものになろうとも、歴史は誰しもの運命にのしかかってくるのだと改めて考えさせられる。
ちなみに、台湾では1990年代ぐらいから「同志文学(性的マイノリティ文学)」が数多く書かれてきた。一方「百合」は、日本のコミックやアニメの百合作品のうち性描写がないものが、中国のネット経由で台湾に入ってきた。それを楊さんがブラッシュアップして作り上げた世界がいわば「双子式百合」だ。
「女性同士の友情から性愛、愛憎までを含む感情のグラデーションと、そんな女性同士の関係性の中でそれぞれが成長していくのが、私にとっての“百合”の概念なんです」
爽快にして滋味深い、独特の読み心地をご堪能あれ。
※本書の舞台でもある四維街日式招待所は実在する建造物。現在リノベーションが進められており、2026年末に完了する予定とのこと。
Profile

楊 双子
よう・ふたご 1984年生まれ、台湾・台中市烏日出身。小説家、サブカルチャー・大衆文学研究家。初邦訳された『台湾漫遊鉄道のふたり』は、日本翻訳大賞を受賞した。未邦訳の著書多数。写真・陳怡絜 YJ Chen
Information
『四維街(しいがい)一号に暮らす五人』
台中の庶民グルメや、家のラウンジで発見された実在の古い料理本『再版臺灣料理之栞』のレシピで作る料理も名脇役だ。中央公論新社 2090円
anan 2467号(2025年10月15日発売)より