
テレビや映画で活躍する一方で、劇団を主宰しアングラ演劇を上演し続けている柄本明さん。「いい話でまとめられたくない」と言うその人に新作舞台のこと、演劇のことを聞きました。
飄々と。そんな言葉が一番ぴったりくる。何かを掴もうとにじり寄るとヒョイッとかわし、こちらがたじろぐと歩み寄ってくれる。柄本明さんへのインタビューは、まさにそんな雰囲気のものだった。

―― まずは今回の主演舞台『また本日も休診~山医者のうた~』のお話から伺わせてください。那須高原で地域医療に尽力された医者・見川鯛山(みかわ・たいざん)さんのエッセイをベースに2021年に舞台化され、今回はその2作目となります。もともと舞台化は、原作に惹かれた柄本さんの発案なんですね。
見川先生の書かれるものは、深いんだけど深さを感じさせないところが好きかな。文学作品だし、深くないわけはないんだけど、それを感じさせない軽やかで広ーいものになっているんですね。
―― その見川先生をご自身が演じられるということに対しては、どのように思っているんでしょう?
まあ、そういう流れになっちゃったから。ただ、数少ない映像が残っているんですけど、すごく素敵な方だしかっこいい方で、とてもじゃないけど自分は見川先生にはなれないです。まあこれは劇ですから、これを通じて見川先生のことを知って考えていただけるようになるといいですね。本当は、絶版になっている著書が再販されればいいんですけど。
―― 見川先生を演じたいという思いがあったんでしょうか?
ないですね。この仕事っていうのは需要と供給だもの。需要がなければ成り立たないわけで。僕はアングラ演劇をやっていて、自分たちのお金で小屋を借りてやりたい芝居をやってるけど、それは自分たちのキャパシティでできる範囲のもので、リスクも背負ってるわけです。でも映画とかテレビとか商業演劇は、需要と供給で成り立つ世界だからね。ハリウッドに行きたいって言ったって、呼んでくれなきゃやれないわけだし。
―― 確かにその通りです。稽古場の様子も伺えればと思います。制作発表会見で、共演の渡辺えりさんや佐藤B作さん、笹野高史さんとの丁々発止のやり取りを拝見して、稽古場もさぞ賑やかな雰囲気だろうと想像しています。
その感じが続いていますよ。みんな古い仲間…芝居仲間だから。笹やんとかB作さんは20歳そこそこの頃から知ってますし。でもそれぞれにあるんじゃないですか? 安い言葉で言うと、負けたくないみたいな気持ちが。もちろん表には出さないけど。やっぱりそういう仕事だから。
―― その中で、主演を務められるということで、モチベーションや意識は変わるものですか?
一応そういうことになってますけど、主演だとかは考えないですよ。そういう人、いるのかな?
―― 責任感を感じる方とか。
ああ、そうやって自分を鼓舞する方もいるからね。
―― 共演者の中には、柄本さん主宰の東京乾電池の劇団員・江口のりこさんもいらっしゃいます。稽古しながら教えることもあるんでしょうか?
ないですよ。教わることはありますけど。
―― そうなんですね。
何か気づくことがあったとしても、言わないかな。長いことやってきてますし、言葉じゃないっていうのかな。若いときはどうしたってものを知らないし、愚かなわけです。自分は劇団なんかをやっているから、そのときは言葉を使うけれど、歳を重ねてきたらもう言葉じゃないんですよね。
―― 歳を重ねても気づけない人もいると思いますが、江口さんは、言葉で言わずとも気づいて動ける人だということでしょうか。
まあ頭がいいからね。
―― 江口さんから教わることもあるとおっしゃいましたが。
それは彼女だけじゃなく、学ぼうと思わなくたって、気づかされることは多いですよ。こういうふうにしないほうがいいんだな、ってことも含めて、いろんなことが学びになります。
―― 劇団の公演でご自身が演出されるときは、言葉で伝えなければいけないこともあるかと思います。そういう場ではどんなことをおっしゃるんでしょう?
もちろん「ここの場面はそっちに行こう」とかは言うけど、やってるのを見ていて「今やったのどうだったか、わかるよね?」って言ったら、やってる側はいいか悪いかくらいはわかりますよ。人が人を見抜く力って恐ろしいからね。その世界で生きているってことは、つねに丁々発止の戦いがあるわけですよ。
人前で芝居するんだよ。恥ずかしいじゃん

―― 先ほどのお話じゃないですが、柄本さんはご自身がリスクを背負って今も劇団を続けていらっしゃいますよね。養成所のような、人を育てる場所を持っているのはどういう想いからですか?
いやここ何年か、新しい劇団員というのも入れてないし。
―― それでも劇団を維持することや、劇団員を抱えることは容易じゃないと思うんです。
それはそういうふうになったってだけのことで、やり続けなくては、みたいに思ったことはないかな。だからといって辞める理由もないし。やっぱり嫌いじゃないんでしょうね。演劇とかって、やっぱり祭りみたいなもんだから。お隠れになった天照大神を引っ張り出すために、天の岩戸の前で太鼓を叩いたり踊りを踊ったりしたのが祭りの始まりなんだし。
―― つまり、神様でも見たくなっちゃうくらい中毒性がある、と。
やっぱりつまんないことじゃないから続けてるんでしょうね。でもそれは、たまたまそうなっただけのことで。たまに「柄本さんは、映画とかテレビにもお出になっているけれど、舞台を続けていらっしゃるんだから、やっぱりお芝居が好きなんでしょうね」なんて言われると、腹が立ちますね。そんなこと知らないよって、言いたくなっちゃうんです。映画とかテレビと違って劇団なんかやってたって経済とは無縁なわけで、それをやってるとなると持ち上げやすいし、覚悟としてわかりやすいからしょうがないとは思うんだけど…。
―― でも実際、やっぱりテレビや映画に出ればたくさんの方が観るわけで、小劇場でのお芝居はどうしても観客の数が限られてしまいますよね。それでもやり続ける魅力はどこにあるのかな、と。
なんか、うまくまとめようとしているな。
―― いやいや(笑)、そんなことないですよ。
どうも、いい話に持ってこうとしているのを感じるぞ(笑)。
―― いい話になればそれはそれで嬉しいですが、純粋に疑問に思っているので…。
純粋なんて言葉、本当に純粋なわけはないんだから。大体、こっちも純粋じゃないし。
―― (笑)。では話題を変えて、東京乾電池では不条理劇のような、いわゆる“わかりやすい”物語ではない作品を上演することが多いですが、そういう作品の面白さはどこにあるんでしょう?
シンプルに本が面白いんだよ。ベケットにしたってイヨネスコにしたって。不条理劇っていう言葉ができちゃったからそれでくくられちゃうけど、その言葉が的確とも思わないし、テネシー・ウィリアムズだってチェーホフだって、長く残ってる本っていうのはみんな面白いんだよ。不条理って、我々が生きてるこの世界のほうがよっぽど不条理だと思うし。
―― そういう作品を上演する一方で、志村けんさんや中村勘三郎さんのような、誰にもわかりやすい笑いを作る方々とも一緒にやってこられています。
志村さんとか勘三郎さんとか、あと藤山直美さんも、クラスが全然違いますから、一緒にやるのはそりゃあ怖いですよ。
―― クラスが違うというのは?
志村さんは、芸と結婚した人なんだと思うよ。だって頭の中ずっと芸のことしかないんだから。そんなにしょっちゅうではないけれど、たぶん30年か40年近くにわたって一緒にお仕事させていただいたけれど、ほとんどお喋りみたいなことはしてないですからね。もともと静かな方だから。
―― では話すのは、ほとんど作品のことだけ?
作品にしたって、志村さんは朝からずーっと番組を撮っていて、僕が行くのはその途中の、自分の出演する場面の収録だけなんです。志村さんが昼食とか夜食とかで休憩を取られるタイミングに、僕が志村さんの楽屋に行って台本を開いて、「ここはこうしてこうして…それじゃあまあ、そんな感じで」って、簡単に段取りを話すだけであとは本番だもん。それは怖いよ。それで誰も笑わなかったらどうしようって思うのよ。真剣な目で見られでもしたら、ちっとも笑えないんだから。それを考えたら、怖くてたまらなかった。
―― そんなすごい方々とも、劇団の若い方々ともお芝居をしてきた柄本さんが思う、役者として大事なことって、どんなことですか? 絶対これだけは持っておかないといけないと思うものって。
ちゃんと恥ずかしがることかな。だって人前で何かやるんだよ。恥ずかしいじゃん。世間は、恥ずかしがっちゃいけないとか言うけど、見られたら恥ずかしいでしょう。役者は、そこにある台本と戦って、その恥ずかしさとも戦うわけ。だから、観る人の力もあってほしいんだよね。今、世の中が“わかやすく”って方向に流れていて、それは経済と結び付いているからだと思うんだけど、文化が壊れてきてるんじゃないかな。その中で文化を支えているのは、そういう恥ずかしいって気持ちを持ってる人じゃないのかなって。観る人は、そういう人を潜在的に見抜くと思うんだ。
Profile

柄本 明
えもと・あきら 1948年11月3日生まれ、東京都出身。自由劇場を経て、1976年に劇団東京乾電池を旗揚げし、演出としても参加。舞台のほか、ドラマや映画にも数多く出演。出演映画『盤上の向日葵』は10月31日、『栄光のバックホーム』は11月28日、『架空の犬と嘘をつく猫』は来年1月9日公開予定。
Information
『また本日も休診~山医者のうた~』
主演舞台『また本日も休診~山医者のうた~』は、10月15日まで福岡・博多座で上演。10月23日~11月2日は東京・明治座、11月6日は宇都宮・栃木県総合文化センター、11月22日は山形・やまぎん県民ホールにて上演予定。脚本・演出は田村孝裕。共演に、渡辺えり、江口のりこ、佐藤B作、笹野高史ほか。
anan 2467号(2025年10月15日発売)より