病、生と死、妊娠…。母から娘への命のリレーと、巡りゆく記憶の物語

小池水音『あなたの名』

小池水音さんによる『あなたの名』をご紹介します。


病、生と死、妊娠…。母から娘への命のリレーと、巡りゆく記憶の物語

「母と娘の話であり、同時に子を持てる、持てないという話でもあって、それをめぐる女性の苦しみを書く上でどれだけ真に迫れるかは本当に高いハードルでした。ただ、自分の経験したことがないような年代で、末期がんで死が目の前にある女性の、ある意味もっとも遠い属性の人の心情を見つめてみるのは、小説家としての5年分の蓄積を込めようという挑戦ではあったと思います」

がんで余命5か月と宣告されている74歳の新田冬香。紗南は10年も前に逝った夫の連れ子だが、娘のたっての頼みということもあり、《記録》に協力するのを承諾する。《記録》とは、その人の話しているさまを動画撮影したデータをもとに本人の姿を再構築、いずれ会話したりもできるというAIサービス。その技術者である藤野が準備した質問に答えていくうちに冬香の奥底に眠っていた記憶が意識に上ってくる。

「AIで作られた像がグロテスクだと思う一方で、そういうテクノロジーと付き合っていった先に、誰かにとっての真実性みたいなものがあるとしたら何だろうということを考えてみたかったんですよね」

だが、藤野のインタビューを受けているうちに、冬香自身が自分のリアルと違うことを語っているのではないかと迷い、ふたをしてきた大きな後悔にも気づいてしまう。

「自分自身と自分の記憶との格闘を書いていった先で、どういうところにたどり着くんだろうと。真に迫っているように見える記憶であっても、真実かどうかはわからないという階層もあると思うし、記憶においては、真実であることよりも重要な何かがあるのではないか。そういう漠然とした期待というか、感覚は以前から持っていたんです。紗南が口火を切る、嵐の夜に父親の部屋の窓ガラスが割れた記憶から転がっていくエピソードは記憶の分岐のひとつの象徴で、まったく予期せず書くことができた場面です」

デビュー時から、身体性についての繊細でビビッドな描写力は圧巻。

「息苦しさや筋肉の負荷などを描くときにコマ割りを増やして執拗に書いてしまう(笑)。小説はただの文字の羅列ではなくて人の営みを書くもので、たとえ架空の登場人物であれ、そこには命があるということを自分で自分に信じさせるためにも、僕にとっては大切なことなんですよね」

Profile

小池水音

こいけ・みずね 1991年、東京都生まれ。2020年、「わからないままで」で新潮新人賞を受賞。2023年『息』刊行。『あのころの僕は』で河合隼雄物語賞。本作が本年度の三島賞候補に。

Information

『あなたの名』

映画監督の〈祖父〉は死んだ俳優の姉へのインタビューを試みる。映画を手伝う〈僕〉が見つめる、遺された者の宿題「二度目の海」を併録。新潮社 2145円

写真・小笠原真紀 インタビュー、文・三浦天紗子

anan 2460号(2025年8月27日発売)より

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