
小島秀夫の右脳が大好きなこと=⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚫︎を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚫︎」。第29回目のテーマは「息子の“せんたく”」です。
毎朝、起床して最初にすることは、洗濯機を回すことだ。ひとり暮らし故、自分の僅か1日分の洗濯量でしかない。前日の下着、靴下、Tシャツ、寝汗をかいた寝巻き、湯上がりタオルと洗面用タオル。朝のストレッチで着ていたスポーツウエア。2日おきにジーパン(ズボンやシャツ類はクリーニング)。これだけを入れて、ドラム式洗濯機を回す。僕の第一段階の洗濯は終わり。
髭を剃るのと同じように、これが毎朝の生活のリズムになっている。ドラムが回っている間に、顔を洗い、髭を剃る。回転音を聴きながら、コーヒー・マシンでモーニング・コーヒーを煎る。ニュースを聴きながら、ヨーグルトをかき込み、コーヒーと朝食を流し込む。食器を洗い、歯磨きをする。「洗濯のみ」(注1)終了のブザーが鳴ると、ジーパンとTシャツだけを取り出し、風呂場に干す。浴室の扉を閉めて、風呂場の「乾燥」スイッチを起動。残りの洗濯物は、「乾燥」を選び、洗濯機をリスタートする。回転音の再起動を確認すると、そのまま会社へと向かう。帰宅後、浴室から回収した洗濯物を畳み、洗濯機内で“ふんわりキープ”されたタオル類を取り込む。
この春から、下の息子と二人暮らしをすることになった。洗濯も2人分に増えたので、AIエコナビ(注2)を搭載した“賢い”洗濯機を購入した。最初は、AIによる「洗濯―乾燥」一括メニューを試みたが、乾燥フィルターの手入れやまとめて“洗濯、乾燥させる”とやはり諸々の問題が発覚。乾燥させるものと、洗濯だけに留めるものを分けて2回の洗濯をすることにした。
まずは、1回目の洗濯。電源を入れるとAIエコナビは、時間に合わせ「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」と、挨拶を返してくれる。前日の晩までに洗濯籠に溜まった汚れ物を「洗濯のみ」でスタート。洗濯とすすぎが終わり、呼び出しがくる。取りに行くと「すぐに取りに来てくれてありがとうございます」との返答。洗濯物を取り出して、風呂場に干す。2回目の洗濯は、乾燥機で乾燥してもいいタオル類だけを放り込み、“洗濯―乾燥まで”のスイッチを入れる。この状態で家を出て、全てはうまく回っていた。
ところが、人数が1人増えただけで、問題が発生する。僕は大体、7時前に起床し、8時頃には家を出て会社へと向かう。ところが、息子は8時過ぎに起きてくる。この時間差が厄介な状況を産む。彼は、目覚めるとまず、寝巻きを籠に放り込む。既に僕の2度目の洗濯はセットが完了しているのに。遅刻するので、2度目の選択を中断、3度目の選択を行うことも叶わない。そこで取り決めをした。僕が家を出る前までに、寝巻きを籠に放り込むこと。2回目の洗濯にはそれを反映するからと。それでもたまに約束が破られることもある。
この夏、デススト2発売記念のワールドツアー(注3)で家を長く空けることになった。息子はひとり留守番。いよいよ自分で洗濯をしてもらわなければならない。
欧州からアジアを巡るワールドツアー(注4)が一旦終了。早朝便で羽田に帰国した。自宅に戻り、真っ先に洗濯籠を覗いてみる。すると籠の中は空! 洗濯機の中も空だった! 息子は自分で洗濯をしていた。
朝風呂に入りスッキリすると、スーツケースから出張時の汚れ物を取り出し、洗濯機に放り込む。香港のホテルで、一度クリーニングに出しておいたので、洗濯は1回で済んだ。濡れた洗濯物を浴室に干し、まだ起きてこない息子の分も含め、朝食を用意する。コーヒーを淹れ、朝食を食べると、もう出かける時間だ。書斎に戻り、持ち物を準備する。と、息子が洗面台へと移動する足音が聴こえた。起きてきたのだろう。鞄を掴んで、玄関へと向かう。ふと、空であるはずの洗濯籠に目がいく。なんと、そこには息子の寝巻きの上下が丸め込まれている! “今日からは洗濯をしない”という“選択”を暗示している!? 僕は、息子の寝巻きを洗濯機に放り込み、「洗濯のみ」「洗濯―乾燥」「乾燥のみ」からの選択を余儀なくされた。
子供の洗い物が出来るというのは、ある種の幸せな“選択”ではないだろうか。息子が社会に出る頃には、そんな“選択”は、なくなっている。親が洗濯してあげられるのは、この時期だけだ。洗濯は、ディスコミュニケーションの時期の親子の手助けにもなるはず。衣類の汚れ具合や脱ぎ方で息子の体調や気分までがわかる気がするからだ。たまに下着とTシャツが重ねたまま放り込まれていることがある。何かイライラしていたのだろう。子供の頃の僕にも覚えがある。そんなことを思い出しながら、今日も2回目の“宣託”をする。
注1:洗濯のみ 乾燥を行わない、洗濯&脱水までのコース。
注2:AIエコナビ パナソニックの家電に搭載された、AIを使用した省エネシステム。ユーザーの状況に合わせてエコに配慮した運転を行う。
注3:デススト2発売記念のワールドツアー 新作『DEATH STRANDING 2:ON THE BEACH』発売に合わせ、6月より小島監督自ら世界各国を回りファンと交流するイベントを開催。
注4:欧州からアジアを巡るワールドツアー 東京でのイベントの後、パリ、ロンドン、ソウル、台北、香港、上海を巡った。
今月のCluture Favorite
Profile

小島秀夫
こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。1987年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。
先日行われた、10周年記念イベントのアーカイブは、こちら!
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写真・内田紘倫(The VOICE)
anan 2460号(2025年8月27日発売)より