
映画『8番出口』に河内大和さんの出演が発表されるなり、あまりのビジュアルのそっくりぶりが話題に。ドラマ『VIVANT』のワニズ役でも注目されたその人の正体は――。
希望を失わずに頑張り続けていると、いいことあるんだなと
撮影をロケでお願いしようと、河内大和さんを取材した。エレベーターを呼んで待ち構えるスタッフに恐縮した様子でペコリ。撮影の合間も、道ゆく人の邪魔にならないようにと声をかけたり。映画『8番出口』のおじさんのイメージがあまりに強いが、穏やかで優しい人なのだ。

河内大和さん
―― 『8番出口』のおじさん役がぴったりで驚きました。出演のオファーを受けて、どう思いました?
河内 お話をいただいてからゲームを初めてやってみましたが、これをどうやって映画にするんだろうというのが最初の感想でした。でも完成作を観て、異変は日常生活のどこにでも転がっていて、我々が見過ごしているものもあり、逆に過敏になりすぎているところもあるのかもしれない。あのときに異変に気づいて引き返していたら、もしくは異変に気づかず過ごしていたら、今とは違う人生を送っていたかもしれない。なんか人生の迷宮みたいなものを感じました。今日起きて何をするのか、しないのか。今日行くのか、行かないのか。我々は毎日毎分毎秒、選択を迫られている。過ぎ去ってから、あのときやっておけばよかったなと思うことはあっても、それが正しい選択かどうかは一生わからない。人間誰しも迷いながら人生を歩いていて、そういうすべての人たちに何か伝わるものがあるんじゃないでしょうか。
―― 役作りというのが難しい役だったと思いますが、どう演じようと思われたのでしょうか?
河内 役を作らないことが役作りなのかなと思っていました。監督からも「とにかく無で」というオファーがあり、ただ歩くことに集中。無であることが、映画の中でおじさんの輪郭を際立たせた感じはあった気がします。歩いている目的とかどこに向かっているのかを考えた瞬間にブレて、それが画面から伝わってしまう気がして、何も考えずに歩いていました。
―― 役作りしない役作りって、きっとあまりないですよね?
河内 舞台でコロス(象徴的な群衆・影)の役割のときには、余計な情報をお客様に与えちゃいけないから、何者でもない人でいるんです。その経験が非常に役に立ちました。
―― 存在感があるだけに、集団に紛れるのは難しそうです。
河内 それは、マイムをベースに舞台の振り付けやステージングを手がけられている小野寺修二さんの下ですごく鍛えられました。小野寺さんは、何者でもない人間としてそこにいることにこだわっている方で、ちょっとした脚の開き方や背の曲げ方、目線や顔の角度に性格が出て、それが大きな情報になると言われてきました。最初は難しくてなかなかできなかったですが。そう考えると、今回の役は自分が舞台で培ってきたことの集大成かもしれません。
―― 二宮和也さんとはドラマ『VIVANT』でも共演していますし、縁があるんですね。
河内 新潟にいたときに新聞配達のバイトをしていたのですが、雪の中や雨の中、嵐の曲に元気と勇気をもらっていました。バイトがあまりに辛くて、あのとき嵐の曲がなかったらきっと耐えられなかったです。『VIVANT』のときは緊張して全然話せなかったんですが、今回、二宮さんのほうから話しかけてくださって。撮影の合間に当時のことを話したらとても喜んでくれて、嬉しかったです。
―― なぜ嵐を?
河内 もともと嵐が好きで聴いていたんですが、「Happiness」の〈走り出せ 走り出せ〉という歌詞が、そのときの気持ちにぴったりで。働く人はみんな聴いたほうがいいです。
―― ちなみに二宮さんとお芝居してみて、いかがですか?
河内 すごい方だなと思いました。僕なんかはト書きに書かれていることを表現しにかかっちゃうところがあるんですけれど、二宮さんは台本通りにやらないことが多いんです。例えば今回、「安心する」というト書きがあったんですが、そこで全然そういう表情をしなくて。でも、そこで見せたリアクションのほうが自然で、観ている人にも考えさせる深みのある表現で。画面の中で、本当に生身の人間がただ生きてそこにいる芝居というのは、こういうことなのかってすごく衝撃を受けました。
僕ら小劇場出身の俳優にもこんなチャンスがあるんだ
―― 河内さんといえば『VIVANT』のワニズ役の印象が強いですが、ドラマはあれが初出演とか。
河内 ドラマに出るってこんなに反響があるんだって、素直にびっくりしました。何より、家族はもちろん地元の人たちや友達から「見たよ」と連絡をもらったのが嬉しかったです。あれは、野田(秀樹)さんの舞台『THE BEE』をプロデューサーの方が観てくださっていて、僕の劇団のホームページから直接連絡をくださいました。きっとモンゴル人に見える人を探していたんだと思いますが、僕らのような小劇場出身の俳優も、舞台で頑張っていたら観てくれている人がいて、こんなふうに映像で役をいただくチャンスがあるんだというのは、嬉しいことです。
―― そもそも大学時代に演劇にハマり、この世界に入られたとか。
河内 高校3年のときに洋画好きの友達ができて、彼がハリウッドやヨーロッパのいろんな映画を次々紹介してくれて映画好きになったのが大きかったと思います。たぶん彼がいなかったら、演劇に興味を持つこともなかったと思います。
―― 大学で演劇研究部に入ったそうですが映画じゃなかったのは?
河内 新入生歓迎のステージで、演劇研究部のパフォーマンスが圧倒的に面白かったんです。入部して初めて観た演劇が、野田さん演出の『野獣降臨(のけものきたりて)』の映像だったんですが、それがあまりに面白くて、こんなに面白い世界があるんだと衝撃を受けて。映画とは違う、全身の血が沸き立つような感動がありました。それまでずっとブラッド・ピットに憧れていたんですが、そこから野田さんの真似をするようになりました(笑)。
―― その後、シェイクスピアに傾倒されています。演劇でも野田さんとはまた違う方向性ですが…。
河内 新潟で役者活動をしていた頃に出演した東京の舞台で吉田鋼太郎さんと出会って、次は鋼太郎さんに憧れたんです。それがシェイクスピアの『リチャード三世』だったんですが、鋼太郎さんの舞台での存在の仕方とセリフ術、そして何より覇気があまりにすごくて、かっこよくて。鋼太郎さんからシェイクスピアの話をたくさん聞いて、自分もやりたくなって。
―― そこから吉田さんの真似も?
河内 してましたよ(笑)。真似ばっかりです。映画にハマる前は漫画家になりたくて、『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦先生の絵の真似をしてましたし。
―― すごいのが、嵐が好きで二宮さんと共演し、野田さんに憧れて野田さんの舞台『THE BEE』に出演。荒木先生の作品の舞台化、ミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』に出演と夢を叶えています。
河内 信じていることがあって、自分の想いは口に出して言ったほうがいいということ。僕も、鋼太郎さんとやりたい、蜷川(幸雄)さんの舞台に立ちたい、野田さんの舞台をやりたい…と言い続けていました。それがどこかの誰かに引っかかって何かに繋がって、夢が叶ってきてる気がするんです。さっきの話に繋がりますけれど、本当に人生って選択の連続だなと思います。そもそも新潟の大学に行ってなかったら、今、ここにはいないですしね。一度、絶望した時期もありましたけれど、希望を失わずに頑張り続けていると、いいことあるんだなと思っています。
―― 一度俳優を諦めて、実家に帰られているそうですが、それでもやっぱり諦めきれなかった、俳優を続けようと思われた理由は?
河内 自分もいつも思うんですよ。なんでこんな大変なことやってるんだろうって。でも、辞めて実家に帰っていたときに新潟の劇場から声がかかり、舞台に出演したら、お客様から「待ってました」と声をかけていただき、そこで本当に俳優を続ける覚悟が決まりました。自分がなんのために俳優をやっているかは今もわからないですけれど、自分の居場所は間違いなくここだと思いました。
―― あの…お会いすると穏やかな方だとわかるのですが、コワモテに見られることは、ご自身でどのように思っています?
河内 僕も、日常生活で僕とすれ違いたくないですよ。怖くて(笑)。自分でもたまに鏡を見て「怖いよ、お前」ってびっくりしちゃうくらい。以前はそれがコンプレックスだったんです。目が細いのとか、眉毛が薄いのとか、髪が薄いのとか、嫌で嫌でしょうがなかった。でも今は、この見た目でよかったと思っています。『8番出口』に呼んでいただけたのも、この見た目のおかげですし。
―― いつぐらいから前向きに受け止められるように?
河内 上京して、演出家の白井晃さんが僕をシェイクスピア作品の『テンペスト』に呼んでくださってからかな。その頃から、自分にしかできない役があるんだと思えるようになりました。周りからも、お前のビジュアルは唯一無二だって言っていただくようになったことは大きいです。
―― ちなみに演劇や映画以外で、好きなものはありますか?
河内 絵を描くのが好きです。線画が多いんですけれど。美術館も好きだし建築を見るのも好きで、そのビジュアルからインスピレーションをいただくことも多いです。
―― では、いま叶えたい夢は?
河内 じつは去年叶えちゃったんですよ。ミュージカル『ジョジョ〜』の繋がりで荒木先生にお会いできたんです。そのときに握手していただいたら手がとても柔らかくて、そのことに感動しました。
Profile

河内大和
こうち・やまと 1978年12月3日生まれ、山口県出身。新潟大学在学中から演劇活動を始め、2000年に舞台『リチャード三世』で本格的俳優デビュー。2013年には自身でシェイクスピアカンパニー「G.GARAGE///」を立ち上げ、企画・演出も手がける。2023年に初のドラマ出演となった『VIVANT』が話題に。近作に舞台『マクベス』など。
Information
映画『8番出口』
河内さんが出演する映画『8番出口』は8月29日(金)より全国ロードショー。一昨年のリリース直後から大きな話題を呼び、世界的大ヒットを記録したゲーム『8番出口』を実写映画化。河内さんは、主人公が迷い込んだ無限に続く地下通路の中ですれ違う“おじさん”役。監督は川村元気、主演は二宮和也。
anan 2460号(2025年8月27日発売)より