実石沙枝子『扇谷家の不思議な家じまい』

実石沙枝子さんによる『扇谷家の不思議な家じまい』をご紹介します。


女性だけに超能力が遺伝する扇谷家。約90年、4世代の叙事詩的家族小説

「桜の木の下に死体が埋まっている“というのはよく知られたフレーズですよね。小説の創作作法として『死体を転がせ』というのもあります。けれど本当に木の根元から死体が出てきたら、小説の中であっても警察沙汰になって、捜査が始まってしまう(笑)。死体の存在をほのめかしつつミステリーにしないためにはどうしたらいいんだろうと考えました。認知症が進んでいる99歳の時子が〈わたしは人を殺した、裏庭の桜の木の根元に死体を埋めた〉と言っていることにすれば曖昧だし、時子の曽孫である立夏が持つ〈言葉なき者の声を聞く〉という超能力も活かせるなと思いました」

実石沙枝子さんの『扇谷家の不思議な家じまい』は、1938年から2026年までの時間をランダムに行き来。4月から3月までの12か月間、ひと月ごとに、扇谷(おうぎたに)家にゆかりのある人物が代わる代わる語り手を務めながら進んでいく。

「私の親世代ぐらいは、まだ昭和の価値観で、家は意識しなくても存続していくものでした。けれど、平成生まれの私が見てきた平成の家庭はそれとは違う。また、私は家族を形成し始めたり、形成しない選択をしたりする令和の社会を築こうとしている世代でもあります。家族の在り方が変容していくいま、コロナ禍を経て、維持すべきもの、大切にすべきものは、意識的につないでいかないと消えてしまうのだということがいっそうはっきりしました。その実感を、本作には重ねました」

許嫁と結婚したり、好きだった男性と引き離されたり、扇谷家の女たちの生き方や家族の作り方は社会の縮図のようだ。なかでもシングルマザーの友人と共に女手ふたつで小さな子どもを育てている美雲には、心惹かれる読者も多いのではないか。

「まだ、あまり多くは見聞きしないような関係だとは思いますが、縁談は親が決めるものではなくて、自由恋愛から結婚するという選択を勝ち取った世代がいて、やがてそれがスタンダードになったように、これからも家族の在りようは変わっていくと思うんですよね」

屋敷の裏庭に本当に死体は埋まっているのか。立夏の耳に届く、桜の木から聞こえてくる声の正体は。その真相に迫る部分の楽しさもさることながら、新しい家族の物語を見せてくれる感動作だ。

Profile

実石沙枝子

じついし・さえこ 1996年、静岡県生まれ。『別册文藝春秋』新人発掘プロジェクト1期生。2022年、「小説現代長編新人賞」奨励賞受賞作『きみが忘れた世界のおわり』で商業デビュー。撮影・猫 猫佳

Information

『扇谷家の不思議な家じまい』

屋敷の整理中に一族の柱である〈おばあさま〉こと時子の手紙と予言帳を見つけてしまった大学生の立夏。そこから一族の歴史が明かされる。双葉社 1870円

写真・中島慶子 インタビュー、文・三浦天紗子

anan2458号(2025年8月6日発売)より

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私的な夢や希望を追いかけようとすると進路を塞ぐ壁が現れるという意味の日です。例えば家族の問題や仲間との関係性、世間体などです。自分一人の問題ならどうにかなることでも、家族やグループの問題となると一筋縄ではいきません。いっそ離れるのも一手ですが、そうできないならおとなしく現状を守るほうがいいでしょう。

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