桜井美奈『盗んで食べて吐いても』

食べて太ることを何よりも恐れるのに、食べたい衝動に抗えない。主人公の早織は、10代のころから食べて吐くことで体重や体型を維持しようとし、吐くための食料を調達するために万引き常習者となっていた。そんな早織の流転と再生を描いたのが桜井美奈さんの『盗んで食べて吐いても』。ページターナーな一冊だ。


理解されにくい心の病を、繊細な描写で読ませる再生物語

「最初から摂食障害を題材にしようと思ったわけではないんです。ただ、私が大好きなフィギュアスケートで鈴木明子さんが摂食障害で苦しんだ経験があったことや、万引きで逮捕されたマラソンランナーの方は陰に食べ吐きの問題があったことなど、そういう話は見聞きしていて以前から関心がありました」

なんといっても、早織の内なる声がリアル。食欲に火が付くと、抑えが利かない。盗った食品を詰め込んでいるときは無我夢中だが、吐いて衝動から解放されると自己嫌悪にまみれる。家族や周囲にバレたくないので誰にも相談できない。そんな苦悩の無限ループを丁寧に描き出す。

「いちばん理解に悩んだのが、『逮捕されてもやめられない』という症状のがんじがらめさでした。どこまでいっても想像の世界でしかありませんが、参考のために読んだ体験談にも早織と似た声はあったので、それを織り込んでみました。早織の行動原理を『わからなくもない』と思ってほしかったので、彼女のことは真面目で自罰的なキャラクターにしました。もっとも、体型や持ち物など自分の美意識に格別のこだわりがある早織の母親は、私から見て、早織以上につかめない人でした」

摂食障害の原因としてよく指摘されるのが、母親や家族との関係。早織の母親は余命幾ばくもないという状況にあり、早織が母親とどう向き合うかも読みどころだ。早織には瞳という妹がいて、瞳は母親を要領よく受け流す人物として描かれる。姉妹の対比も注目ポイント。

さらに本書では、早織の夫・大樹や娘の佑実との関係性にも触れられていく。

「大樹は、裏切ったら申し訳ないようなキャラクターにしようとは思っていて、好人物になりました。佑実については、母親の悪い部分を知ったのがあの年齢なら反発を見せるだろうなというのを率直に書きました。そんな中で、早織の運命や結末がどうなってしまうのかは、実は私もプロットの段階では決めきれなくて。最後の最後は、書き進めながら主人公と探した感じです」

食べることに関しては、苦しくなるまで食べなければいいのにと思う桜井さんだが、

「私も、デビュー前の投稿時代やデビューしても本が出せなかった空白の時期に、それこそ家族や友人に『もう(やめても)いいんじゃない』と結構言われたんですよ。けれど、書きたいから書くのであって、誰かが抑えられるものではないという切実さはわかるなと。早織のそうした心理だけは、私も共感できましたね」

Profile

桜井美奈

さくらい・みな 2013年「電撃小説大賞」大賞受賞作『きじかくしの庭』でデビュー。『殺した夫が帰ってきました』など、著書多数。2018年刊行の『塀の中の美容室』がWOWOWにてドラマ化。

Information

『盗んで食べて吐いても』

優しい夫と娘と仲良く暮らす主婦の早織は、誰にも言えない秘密を抱えていて…。早織と母親との確執を描く母娘小説としても秀逸。小学館 1870円

インタビュー、文・三浦天紗子

anan2457号(2025年7月30日発売)より

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