
舞台演出家として活動を始めて約15年。ここまでに読売演劇大賞や芸術選奨新人賞など多くの演劇賞を受賞し、高い評価を受けている。藤田俊太郎さんの創作の根底にあるものとは。
現在、開幕を目前に控えるミュージカル『ジャージー・ボーイズ』の絶賛稽古中とのことで、稽古場を訪問。今回、キャストを入れ替えた4チーム制で上演されるが、藤田俊太郎さんが見せてくれたのはチーム別に用意された上演台本。その隣には、演出プランやアイデアが丁寧に書き込まれたノートも。どうやらかなり几帳面な性格らしい。

――同じ作品なのに、チームごとに台本が違うんですね。基本的なセリフと楽曲は同じだと思うのですが、変えているのは?
基本となる全体のコンセプトや作りたい演出の方向性は同じです。ただ、役者との対話、つまり、稽古の過程で私が投げかけるものもいただくものも違い、それがどのセリフに宿るのかも変わってきます。4チームそれぞれの特色や独自性を打ち出すよう演出は変わってきます。チームごとにお客様が感じていただけるものも別の作品と思えるくらい違うんじゃないでしょうか。
――入れ代わり立ち代わりの4チームの稽古は混乱されませんか?
混乱はありません。むしろ大好きな『ジャージー・ボーイズ』というミュージカル作品をいろんな角度から捉えることができてありがたいです。作品を船に例えるならば演出家は船頭のような役割だと思っています。台本、譜面はひとつで、書かれていることもひとつですけれど、それをどう分析するかはカンパニーのオリジナリティに託されていると思っています。演出家のコンセプトを各プランナーの皆さんが理解して船を作ってくれていて、そのうえで私は、役者の方々に自由に演じていただきたいと思っています。役者中心主義ではないですが、書かれていることをどう解釈するかはそれぞれで、皆さんがいろんな発想を稽古に持ち込んでくださる。そうすると、同じ作品の同じ役でも自然と違うものになるんですよね。
――本作はブロードウェイで大ヒットした作品です。2016年の初演時から注目度が高かったですが、当時は演出助手からひとり立ちされたばかり。プレッシャーはなかったですか?
プレッシャーを感じる余裕はありませんでした。まず、実績もあまりない私にこんなチャンスを渡してくださったことに驚きました。しかも、ブロードウェイのオリジナル演出ではなく、世界でもかなり早い段階でノンレプリカ(音楽と脚本以外を改変する上演形式)と呼ばれている日本版独自の演出での上演許諾が得られて、それを私に託してくださった。プレッシャーよりも、この幸運な機会に一生懸命取り組むしかないという気持ちの方が強かったです。準備期間も多く、役者やプランナー、スタッフの方ひとりひとりと対話を重ねる時間もありました。しかも楽曲は、フォー・シーズンズの素晴らしい音楽があり、それを現代のお客様にも届くようにきちんとアレンジがされているところにも興味を惹かれました。物語はいわゆるバックステージもので明快ですし、このドラマと音楽、コーラスワーク、振付の妙をきちんとお客様に届ければ必ず感動していただけると思っていました。
――今回の『ジャージー・ボーイズ』もですが、これまでの作品も再演で演出を結構変えてこられる印象があります。前回と同じものはやりたくないタイプですか?
これで満足、ということは一回もなく、次に演出する機会をいただけるならこうしたいなと常に考えているので、再演とはいえ同じ作品をやっている感覚はなく。気になったらすぐ取り出せるように台本は見えるように自宅の本棚に並べています。また、何年後かに再演があるとして、多くの場合、カンパニーの皆様と新たな出会いがあります。出会いの分だけ、演出も座組みの在り方も、作品そのものも成長し、変わっていくのではないかと考えております。
錆びてしまわないよう厳しい観客と接しないと

演出プランやアイデアはノートに書き、台本にはほとんど書き込みがなくきれいな状態。唯一台本に書き込まれていたのは、丸と横に引かれた直線。丸は音楽の始まるタイミングで、線は演奏中の印。定規を持ち歩き、丸の大きさは8mmで描くと決めているそう。
――そもそものお話も伺いたいんですが、高校を中退し、大検で東京藝大に入られています。どのタイミングで演出家になろうと思われたのでしょうか。
もともとは写真家か映画監督になりたかったんです。どうやったらなれるだろうと思いながら20歳前は、本屋さん『ヴィレッジヴァンガード 秋田店』でバイトをしていたんですが、そこでの経験は吸収することだらけでした。いろんなカルチャーやアートに触れる中で、芸術はどうやって社会と繋がっていくのか…芸術学も含めて興味を持つようになって、そこからがむしゃらに勉強して大学に入ったのが21歳になる年。そこでアート全般を勉強できたことが私のスタートです。大学では演劇評論家の長谷部浩さんがゼミの先生で、講義の中で演劇に触れる中、蜷川幸雄さんの作品が取り上げられたときに衝撃を受けて、そこから蜷川さんの舞台に頻繁に足を運ぶようになりました。そのうち自分もこの世界にいたいと考えるようになって、ニナガワ・スタジオの役者のオーディションを受けて、生まれて初めて演技をしたんですが、あまりに下手すぎて目立ってしまいパスしてしまうという偶然が起こりました(笑)。ちょっと面白そうだと思われたのかもしれません。でも、そんな状況なので1年でついていけなくなり、蜷川さんに直談判して、まずは演出助手見習いになりました。
――大学時代、いろいろな演劇に触れる中で蜷川さんの作品に惹かれたのはどこだったんでしょう。
蜷川さんが演出される古典…シェイクスピアやギリシャ悲劇に惹かれたのと、演出だけをされているところに非常に感銘を受けました。作劇してオリジナリティを作り出すのではなく、演出という立場だけで創作に携わること、作品そのものや、著書から感じたその目線が非常に面白いなと。
――映画がお好きだった藤田さんが演劇に惹かれたのは?
演劇にはリアルな生の感動があって、人がそこに生きていて、観客と作り手が想像の場で共鳴し合っている。その時間が非常に尊いなと思い、とても惹かれました。写真や映像は、切り取るものですが、その切り取られていた外側の方が面白いと思ったんですよね。もしかしたら切り取った外側の方に真実があるんじゃないか、社会との繋がりがあるんじゃないかと考えたときに、自分はそっちに可能性を見出すべきだと思ったんです。また、自分が演出家として仕事をいただくようになって10年経った今、魅力に感じているのは、これまで自分が好きだった作品とか、自分自身の経験、もしくは経験しきれなかったことも、想像力で作品に込めることができるところです。自分が演じるわけでも、舞台の最前線に立つわけでもないけれど、そういう皆さんと同じ気持ちになって想像し合いながら作る役割なら担えるんじゃないかと思ったし、それが自分の考え方にすごくフィットすると思いました。
――蜷川さんのところから独立されたきっかけは?
理由はひとつで、仕事をいただいたことです。それまでの私の演出経験は、40席の小劇場での自主公演と、蜷川さんが芸術監督を務めた、彩の国さいたま芸術劇場で企画されたオムニバス公演のラインナップに入れていただけたこと。そんな私に、ミュージカル演出(『The Beautiful Game』)のお話が来た。私はラストチャンスのつもりで臨みました。
――手応えがあったんですね。
はい。もちろん手応えはいつもどの作品でも必ずあります。そして時間をかけて全力で全霊込めて取り組んだものに対して、後悔はひとつもないです。
――そこで演出家としてやっていけると思ったわけですか?
そのときはまだ、実感はありませんでした。明日のことはわからない。いつ感性がなくなってしまうかもわからない。今も日々に向き合うことだけだという気持ちでやっています。ただ、稽古中から、カンパニーの皆さんの演出に対するあたたかい反応と、幕が開いてお客様が喜んでくださっている声が届き始めたこと。そして本作をきっかけに3本のお仕事をいただき、千穐楽を迎える頃にはまっさらだった演出家としての先の予定が決まり、ありがたいことに今に繋がっています。
――先ほど役者中心主義という言葉が出ましたが、多くの俳優さんが藤田さんのことを自分の意見を作品に反映させようとしてくれる演出家だと話しています。クリエイターなら誰しも、ご自身の思い描いた世界を構築したいと考えるものだと思うのですが?
大学2年のときに、半年をかけてのグループワークでコミュニティをデザインする課題があったんです。それぞれ違う強みやバックグラウンドを持った同級生同士が、どうやって互いの感性を響き合わせて新しいものを作っていくかということに意識的に取り組ませていただきました。非常に我の強い者同士が融和しながらものを作っていく作業がすごく面白かった。この経験が今に生きていると感じます。もうひとつは、蜷川さんがスタッフや役者と対話したり、稽古場でのセッションの中で創っていく場に助手として立ち合わせていただいたのも大きいと思います。演出の投げかけや基本となるコンセプトはきちんと持ちつつ、役者から新しい意見が出てきたときに受け入れられる受け皿を用意してから稽古に臨むようにしています。事前準備であらゆる可能性を想定しておきます。
――大変お忙しいですが、主宰として絵本ロックバンド・虹艶Bunny(にじいろばにー)の活動もしています。
子供向けの劇を生演奏で上演しています。とても楽しいのですが、子供こそ一番厳しい観客です。約20分の作品でも、あの手この手で攻めないと飽きられてしまうので試金石ですよ。常に一番厳しいお客さんと接していないと錆びてしまうと思うので。
Profile

藤田俊太郎
ふじた・しゅんたろう 1980年4月24日生まれ、秋田県出身。東京藝術大学を経て、蜷川幸雄の演出助手を務めた。外部での演出1作目となる『The Beautiful Game』で読売演劇大賞・杉村春子賞&優秀演出家賞を受賞。その後も数々の話題作を手がけ、昨年演出した『リア王の悲劇』『VIOLET』で芸術選奨新人賞を受賞。
Information
ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』
8月10日(日)~9月30日(火)にシアタークリエにて上演。ニュージャージーの貧しい片田舎から始まった4人組音楽グループ、フォー・シーズンズの栄光と挫折を描く。東宝テレザーブ TEL. 0570-00-7777(ナビダイヤル)
anan 2457号(2025年7月30日発売)より