芦花公園『みにくいふたり』

多彩な才能が次々と名乗りを上げ、昨今のジャパンホラー小説界は百花繚乱。中でも、デビュー作『ほねがらみ』を皮切りに、新作が常に話題になる芦花公園さんは、まさに令和のホラー界を牽引する書き手のひとりです。最新刊は、百合ホラーの傑作と評判の『みにくいふたり』。どんなきっかけから生まれたのでしょうか。さらに、人間洞察に優れた芦花公園さんのホラー観の背景には何があるのでしょうか。じっくりうかがってみました。


観光気分で、台湾の交換留学生に挙手した女子高校生の緑川芽衣(みどりかわめい)。一緒に行く予定の、頼みにしていた同級生が事故に遭い、急遽自分だけでなんとかせざるを得ない状況に。不安を覚えつつ彼の地へ出向けば、芽衣の世話役に指名された林詠晴(リンヨンチン)とはなじめなさを感じ、案内された寮では空きベッドがある一人部屋。芦花公園さんの『みにくいふたり』は、芽衣の留学生活から物語の幕が開く。

「私自身、台湾は大好きな土地で、少しの間ですが勉強していたこともあるんです。もっとも、そのときは英語が堪能な人たちも多く、あんな寂しさはまったくなかったのですが(笑)、もし芽衣のようにあるきっかけで、言葉も通じない場所で急に周囲から見限られ、たったひとりで過ごすことになったら、完全に詰むだろうなとは思いました」

きっかけは、恵君(フェンジュン)という名を持つ少女だ。恵君が、詠晴やクラスメイトたちから「虫」と呼ばれ、忌み嫌われていると知った芽衣は、集団いじめへの反発心もあり、恵君をかばう。正義感からというより、彼女に強烈に惹かれてしまったためだ。恵君はいわば、芽衣にとってのファムファタール(運命を変える女)的存在として登場する。

「芽衣は、最初に恵君を見たときに飛び抜けて美しいと感じ、同時にものすごい気持ち悪さも覚えます。今回、担当編集さんの提案もあって、百合要素を入れようと決めていたんですが、一方では正統派のモンスターホラーをやりたいという気持ちも強くて。おぞましいのに美しいとも思ってしまう、そんな存在って何だろう……と考えているうちに、恵君のような造型を思いつきました」

芽衣が孤立すればするほど、恵君は芽衣に寄り添い、芽衣もまた恵君に近づいていく。瞬く間に縮まる、ふたりの距離。恵君は相手を傷つけないためなら自分自身の心をえぐることさえ厭わないようなタイプで、芽衣は、実際そこにほだされる。ひいては自分を差し出し、捕食させるようになる。

「ヒントになったのは、大好きなレ・ファニュの小説『吸血鬼カーミラ』です。美貌の吸血鬼であるカーミラがローズという少女を魅了していくという物語構造や、人の血を吸う吸血鬼と恵君のような吸血する〈虫人間〉の類似性。台湾には特有の血を吸うタイプの虫がいるんですよ。昆虫の色彩や形態を美しいと言う人がいるのも知っていたので、それらを掛け合わせてみたら面白くなりそうだなと考えました」

次々と剥がされていくベールの先にある真実とは

第二章以降は時空が一気に飛び、岐阜で結婚生活を送っている芽衣の現在が描かれる。 相容れない義母と、性的には求めてくるのに自分を守ってはくれない夫の正治。子どもができないことが、芽衣を一層追い詰めている。そんな芽衣のもとに、〈気を付けて〉という警告文のような手紙が届いた。差出人は、台湾にいるはずの詠晴。良い記憶と覚えていたくない記憶が入り交じる台湾での過去は、いまでも芽衣を陶酔させる。そんな中で、ついに恵君が、芽衣の目の前に現れるのだ。ふたりが再会を果たしたときの、美しさと悍ましさが一体となった描写は圧巻。

さらに、その恵君を追って、詠晴も日本へやってくる。捻れた三角関係のような関わりが、増幅していく愛憎が、血なまぐさい事件を拡大させていく。

「私は、恵君のことを読者に『この子は気持ち悪いところもあるのだけれど、すごく純粋で可愛いよね』と思ってほしかったんですよね。だから、いじらしかったり、健気だったりするところをいっぱい書いたつもりです。詠晴については、最初、童乩(タンキー)と呼ばれる台湾の霊媒師のような役割と説明していますが、代々、虫を使役してきた家の娘だというのもわかってきます。一見自立していてとても現代的に見える女性ですけれど、実は彼女がいちばん家に縛られているのかなと書きながら思いましたね」

作中では、日本にも詠晴のような「虫について詳しい人物」がいる設定になっている。正治の家の近くに、彼が小学生のころから〈電波ハウス〉と呼ばれている家があり、展開のカギを握るのは、そこの男性住人だ。彼は詠晴と共闘して、ある人物の驚くべき素顔を暴き出していくことになるのだが、世界が反転するかのようなゾクゾク感がたまらない。
「百合的なシーン、たとえば芽衣が恵君に血を吸わせるシーンや口づけのシーンなどは書いていてとても楽しかったんです。なので、もうちょっと耽美的な要素は増やそうかなとも思ったのですが、〈電波ハウス〉を出してみたら、こちらを書く方が物語にドライブ感が生まれそうだと変えました」

強いものと弱いもの、美しいものと醜いもの、優しさと臆病さ……一見、そうした二項対立がはっきりしているかに見えて、物語が進むにつれ、思いも寄らない真相が見えてくる。タイトルは、まさにその象徴だ。

「今作は連載だったんですけれど、あまり結末も決めないままスタートしたこともあり、あるキャラクターをイメージして仮でつけていたタイトルなんですが、結果的にはぴったりハマったなと。〈みにくい〉や〈ふたり〉は、何を、誰を指すのか、いろいろ考えてもらえる作品になったと思います」

ちなみに、インタビュアーが感服したポイントに、虫の群れが集まる場所の描写がある。ジトジト感が五感を刺激するレベルで伝わってきて、おののいた。

「私、アメリカのノースカロライナ州というところに住んでいたことがあって。あそこはものすごい湿地帯なんですよ。この中に出した、もし人がここで殺されても何週間も気がつかれないのではないかと思うような、ひと気のなさそうな場所があちこちにあるんです。それは描写の参考になりましたね」

ファンには周知かもしれないが、芦花公園さんが育った家には、オカルト雑誌の『ムー』や怪談本などがたくさんあったそうで、それを読みふけって成長した。いわゆるホラー英才教育を受けていまに至る。

「陰謀論として楽しむべきものだっていうのはわかってるんですけど、こんなことを考える人がいるんだ、こんな体験を語る人がいるんだと、そういう存在を知ること自体が面白いんですよね。だって、自分の中からは出てこない発想じゃないですか。やっぱり他人の考えることの飛躍感に触れると興奮します。最近は、書きたいものも、ホラーというより幻想小説寄りに軸足を移しつつあるというか。これからは、歪んだ人間の底知れなさみたいなものも書いていきたいと思いますね」

Profile

芦花公園さん

ろかこうえん 東京都生まれ。小説投稿サイト「カクヨム」に掲載していた作品が話題となり、2021年に『ほねがらみ』として単行本化。『異端の祝祭』をはじめ、いまもっとも勢いのある作家のひとり。

Information

芦花公園『みにくいふたり』

百合小説アンソロジー『彼女。』を手がけた担当編集者から提案され、挑んだ百合ホラー。たけもとあかるさんの耽美な装画にも注目。実業之日本社 1870円。

写真・中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子

anan 2454号(2025年7月9日発売)より

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