全世界同時公開、同時発売、同時配信…。今や国境や世代を超えて、世界中で同じエンタメを同じタイミングで共有できる時代。ここでは、映画における最旬トピックをお届けします。
【MOVIE】社会派? 人間ドラマ? 音楽? 今求められているのは、ジャンルレスな濃密さ!
シリーズものや人気映画のリブートはもはや定番の映画界。2025年も『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』や『リロ&スティッチ』が大ヒットしているが、そうした中でも最近注目している傾向があるという。
「ジャンルレスな魅力のオリジナル脚本作品が気を吐いています。『ブラックパンサー』がアメコミ映画として史上初のアカデミー賞作品賞候補となったライアン・クーグラー監督が、マイケル・B・ジョーダンと組んだ『罪人(つみびと)たち』もそう。1932年の米国深南部を舞台にしたホラー映画ですが、これがホラーの枠に収まらない。黒人の魂であるブルースを軸に兄弟の絆や愛のみならず、生きる意味まで映し出す感動作に仕上がっています。実在のヒップホップ・トリオ誕生の軌跡を通して、母国語とアイデンティティの問題を見つめる『KNEECAP/ニーキャップ』、少女の成長を社会派な題材とファンタジックな要素を交えて描く『バード ここから羽ばたく』といい、さまざまな要素が盛り込まれた重層的な作品になっているので、その魅力は特定のジャンルの枠に収まりきらないんですよね」(映画コラムニスト・杉谷伸子さん)
なぜ、ジャンルがボーダレスな作品が増えているのだろう。
「YouTubeやTikTokなど、現代はいつでもどこでも見られる短い映像コンテンツが溢れている。それで十分楽しめる中、タイパ重視の時代にわざわざ映画館に足を運ぶ人は、それに見合う対価を求めるのは当然。結果、製作サイドは2時間を飽きさせないために多様な要素を作品に盛り込むことになる。複雑になった現実社会を反映すると、必然的に映画もそうなりますしね。最近のエンタメ大作は3時間近い長尺が多いのも、その一例でしょう」
また、エンタメ大作でも社会派作品でも、映画界ではもはや多様性が当たり前になっている。
「クーグラーは人種差別を見つめた『フルートベール駅で』で高く評価されましたが、同作でも組んだジョーダンとの『クリード チャンプを継ぐ男』や『罪人たち』では黒人としてのアイデンティティを声高に訴えるのではなくエンターテインメントの中に浮かび上がらせている。そのジョーダンは、『トーマス・クラウン・アフェア』(’27年公開予定)でかつてスティーブ・マックイーンやピアース・ブロスナンといった白人スターが演じてきた大富豪役に。MI6初の女性長官誕生が“現実が映画に追いついた”と話題になりましたが、ハリウッド映画では女性のアメリカ大統領は既に何人もいる。過剰にポリコレを意識する時期もありましたが、映画と現実が多様性の広がりに相互に好影響を与えているのを感じます」

『罪人たち』
1932年、ミシシッピ州。双子の兄弟スモークとスタックが信仰心篤い故郷で開いた酒場が、“招かざる者”によって恐怖と絶望に覆われる。ノンストップ・サバイバルホラーと銘打たれているが、前半はホラーであることを忘れさせる濃厚な人間ドラマが展開。招かざる者を呼び寄せるブルースを通して音楽の力も黒人の苦難の歴史も語る野心作。監督・脚本/ライアン・クーグラー 出演/マイケル・B・ジョーダンほか 全国公開中。
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『KNEECAP/ニーキャップ』
2022年まで公用語として認められていなかったアイルランド語のリリックによる楽曲を通して、母国語の権利を取り戻そうとしたヒップホップ・トリオKNEECAPの半自伝的ドラマ。彼らが本人役で出演し、風刺の効いたラップも満載。北アイルランド問題が影を落とす家族のドラマとしても胸アツ。監督・脚本/リッチ・ペピアット 出演/モウグリ・バップ、モ・カラ、DJプロヴィほか 8月1日より新宿シネマカリテほか全国順次公開。
ⒸKneecap Films Limited, Screen Market Research Limited t/a Wildcard and The British Film Institute 2024

『バード ここから羽ばたく』
孤独を抱えていた12歳の少女ベイリーの世界が、“バード”と名乗る不思議な男との出会いによって開かれていく。子供や女性の安全を脅かす社会問題も織り込みながらファンタジックな要素を取り入れて、イギリス映画お得意の社会派リアリズムとは一線を画す世界が新鮮。監督・脚本/アンドレア・アーノルド 出演/ニキヤ・アダムズ、バリー・コーガン、フランツ・ロゴフスキほか 9月5日より新宿ピカデリーほか全国公開。
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お話を伺った方・杉谷伸子さん
Profile
すぎたに・のぶこ 映画コラムニスト。ananはじめ女性誌や情報誌、劇場パンフレットに寄稿。インタビューも手がける。日本映画ペンクラブ会員。Yahoo!ニュース エキスパート オーサー。この夏は、『罪人たち』らジャンルレスな快作それぞれの音楽にも興奮。
anan2454号(2025年7月9日発売)より