
藤田貴大さんが主宰するマームとジプシーが挑む新作のテーマはなんと"演劇"。劇場を舞台に開演時間を迎えるまでの数時間を、団体に欠かせない俳優・青柳いづみさんと成田亜佑美さんを迎えて描きます。ananwebでは、本誌2445号に掲載したインタビューの特別拡大版をお届けします。
「演劇しかやってこなかった人生だから、自分自身と向き合ってる感じ」(藤田さん)
── 今回上演する『Curtain Call』は、演劇を題材にした作品とのことです。まずはこの作品の立ち上がりについて伺わせてください。
藤田貴大さん(以下、藤田) 今年で僕は40歳になるんだけど、この10年ぐらい、20代とは違うモードで、自分の妄想で書かないみたいなルールを作って書いていたんです。全部、ちゃんと裏を取ってから書くようにしようと思って、図書館にこもって調べ物をするみたいな。そんな中、昨年秋に三重で『equal』という作品を上演していたときに、本番前の場当たり(段取りの確認)の最中にふと、自分たちがやってきた演劇自体を描いてみたらどうかなと思って。僕らがやっていることは、自分たちには当たり前だけど、観客にとっては知らないことだし。過去に楽屋裏を描いた演劇はあるけれど、それをマームがやったら新しいものになるんじゃないかなと。

【写真キャプ】2024年2月上演、『equal』より。撮影:細野晋司
青柳いづみさん(以下、青柳) コロナ禍で演劇の火が消えてしまったと感じるような時間があって、演劇の作り方自体を変えていかなきゃいけないんじゃないかと、いろんなことを模索してきました。その中で、藤田くんが、「自分には演劇しかないと思ったし、あらためて演劇がやりたい」って言ったんだよね。「僕にはもう演劇しか残ってないとわかった」って。それを聞いたときに、藤田くん、そして演劇がこれから変わっていくための転換にこの作品がなるのかなと。
成田亜佑美さん(以下、成田) これまでってたかちゃん(藤田さん)の描きたいことを、出演している自分たちもなんとなく理解して、どこか背負う気持ちで稽古していることが多かったなと思うんです。でも今回は自分がこの作品の中でどう存在していたらいいかがまだ見えてないから、結構能天気な感じでいるんですよね。ただ、「演劇しかない」と言うくらい、演劇はたかちゃんの人生なので、どんな作品になるのかワクワクもしてます。ただ正直、「演劇しかない、もう最後の新作になるかもしれない」みたいな話をされたとき、寂しい気持ちになったのも事実で。
藤田 それがいいか悪いかわからないけれど、これまではどういうモチーフが描きたいかというのがあったんだけど、ある程度やりたいと思っていたことは着手できてしまって、自分の中で描きたいと思うものがなくなったことに気づいたんですよね。今回、演劇を扱うっていうのは、それでもまだ自分の中に描きたいことがあるとしたら、それは演劇だった。ただ、演劇しかやってこなかった人生だから、自分自身の人生と向き合うというのがまた辛いというか。
青柳 演劇も、一つの作品を作るのにも当たり前にたくさんの人が関わっていて、スタッフがいっぱい出てくるのを俳優5人で演じ分けているから、役がコロコロ変わるのが新鮮。
藤田 1人で5役とか6役とかね。演劇しかやってこなかった人生だから、自分の鏡を見ているような感じがして、今はそこが大変で…。
青柳 10歳から天才子役だった藤田くんが現在にいたるまで、どんなことを感じてきて、何を考えているかが作品になっているから、もう、“藤田貴大ヒストリー”みたいになっています(笑)。
藤田 そう…人生をね、結構…。だから今までの作品に比べて、一番壮大な時間を描くことになりそうです。
成田 こちらからは迷いがなさそうに見えているけれど、結構苦しんでもいるんだよね?
藤田 いや、作品を立ち上げるときはいつも苦しいから。いつもとは違う苦しさはあるけれど、迷いはないんですよね。演劇のことだから。
「悔しいのは、不要不急だと言われてしまう演劇の今の現状なんだよね」(成田さん)

── 今(取材は本番約3週間前)の、稽古の状況を伺えますか?
青柳 稽古の進みは早いよね。
藤田 確かにそうかも。ただ、あらためて演劇と向き合っていることで、演劇界というものに対して結構ムカついてもいるんですよね。たとえば、登場人物に制作と呼ばれる役割の人がいるんだけど、稽古場で話していると実際の制作さんたちから、過去の現場で俳優や周りのスタッフさんに心ないことを言われた、とかいう話題が出てくるんです。僕はそれに気がついていなかったし、やっぱり演出家の前では、みんなカッコつけていい顔してるんだなって。なんだかんだでまだまだマッチョな側面のある業界なんだなとも思って。
青柳 それでめちゃくちゃキレてたよね。
成田 そうそう(笑)。
青柳 子供の頃、他人に心があるってことを知らなかった少年なのに(笑)。なんだっけ…子役のときに台本のト書きを読んで知ったんだっけ?
藤田 演劇の台本って、台詞の上部になぜか空白があるんですよね。北海道の劇団にいたころ、当時の演出家が、その空白に、僕がセリフを言っている最中に次にセリフを言う人がどんなことを考えているのかを書けって言う人で。自分が喋っている間、相手の人が考えていることがあるんだってことを初めて知ったんです。相手が何か言うってことは、僕に対して何かしらの想いがあるからしゃべるんだって気づいて…。小学4年生の頃の話なので、そこで初めて気づくのは遅いんですけど(笑)。

2024年2月上演、『equal』より。撮影:細野晋司
青柳 そんな藤田くんが、今も、いろんな人がいていろんな想いがあって演劇ができているんだなってことを、演劇をとおして知っていってる感じ。
成田 今もなお?
青柳 今もなお。でもそれはこの作品に限らず、他の作品にも感じるし、現実でもそうだし。
藤田 確かにそういうところはあるかもしれない。演劇をやるまで、僕、人との距離感とか分かってなかったんですよね。人としてのことを教わったのが演劇で、だから演劇に救われた、っていう気持ちがあるんですよね。でもだから、コロナ禍で、演劇が不要不急だと言われたことに本当に腹が立ったんです。それまで自分が、食べるとか寝るとか着るということよりも大切にしてきたものが、世の中に「今は必要ないもの」だと言われたんです。演劇をやってきてない人たちが、なんでそんなことを軽々しく言えるんだろうと思ってしまって。
成田 そこに関しての怒りは、今の時点でこの作品には登場してないけれど。
藤田 でも、その怒りみたいなものは、原動力にはなってるよね。
成田 悔しいのは、不要不急だと言われたこと自体より、きっと、そう言われてしまっている演劇の今の現状なんだよね。自分もわかってるんだけど、っていう。
藤田 そう。納得いかない部分がある。
成田 いまの世の中、実際そうだよなって。たしかに、コロナが始まった当初は本当に悔しいことばかりだったから。

2022年上演、『cocoon』より。撮影:岡本尚文
── 実際に今、作品が立ち上がってきている中での手応えや、気づきなどはありますか?
藤田 作りながら今思っているのは、演劇って超地味なことの積み重ねだなってことなんですよね。たぶん、人が思っているよりずっと地味だと思う。表出されたものだけを観るときらびやかな世界のようだけど、地味にウォーミングアップして、地味に休憩中につまむお菓子を用意して…。そういう超地味なことの積み重ねでできている。最終的には、その地味な積み重ねの演劇をなぜやり続けているのか…みたいなことになってくる気はしてるんだけど。でも、なんだかんだ言って、僕は恵まれてるんですよね。こんな天才のふたりと18歳の頃に出会えているわけですから。ふたりだけじゃなく、結構その頃からずっと一緒にやっていたメンバーとやれている。それって当たり前なことじゃないから、ありがたいなって。
「藤田くんは、演劇を超えた大きなものを作れる人じゃないかと思っている」(青柳さん)
── 青柳さん的な人や成田さん的な人も登場するわけですか?
青柳 今の稽古の段階では、まだ俳優っていう存在はほとんど描かれていないんですよね。
藤田 とくにふたりとは、そこについての話はしないけど、あっちゃん(成田さん)ならこう思っているんじゃないかなとか、やぎ(青柳さん)ならこういう観点でいるんじゃないかなというのは、反映される気がする。ふたりにはすごい影響を受けているから。
青柳 私は開演前の舞台上に出る前の、袖の青いライトが好き。
藤田 青いライト?
青柳 うん、裏の。明かりが舞台に漏れないようにするためにブルーにしてるでしょ。そのライトが好き。藤田くんは、この暗闇のブルーのライトを見ることはないんだもんね。逆に私も客席から舞台を見ることもないんだけど。

2022年上演、『cocoon』より。撮影:岡本尚文
藤田 ほんとに演出家と役者って視点が違うんだなって思う。あっちゃんはさ、開演ギリギリまで喋ってるよね。セリフを。
成田 喋ってる? …あ、そうかな。
── 出演する側のおふたりは、この作品に今どんなお気持ちで向かっていらっしゃるんでしょう。
青柳 私は、これを見せて、お客さんは面白いのかな、と思ってる。
成田 わかるわかる(笑)。私たちは面白いけど、お客様側からは面白いんだろうか、というのはある。
藤田 「やっぱりアルフォートが多いよね」みたいな、ずっとケータリングとかお菓子の話。
成田 みんな思ってたんだ(笑)。
藤田 その迷いは、この作品に限らずずっとあるかも。北海道・伊達(藤田さんの出身地)の話とか、牛の話とか、僕にとっては身近すぎて面白くないけど、お客さんにしてみたら新鮮に感じてくれるのかなって思いながら作ってるから。
── それは皆さんにとって、演劇の裏側がいつものことだからなんだと思いますが、逆にこちらはとても興味深いです。ちなみにおふたりは、藤田さんの演出作品以外の舞台も出演されていますが、俳優として藤田さんの現場だからこその魅力はどこに感じていますか?
成田 もう20年くらい一緒にやってきているんですけれど、そんな実感はあるようでないんですよね。私の中では、マームとジプシーは劇団じゃないという想いも強くあって、だから作品によばれたときは、他の客演の現場と同じくらい緊張感はあります。私は、演劇しかない、と言うふたりとは違って、20年間ずっと「もう、これで終わりにした方がいいかな」と思うことが多くて。
藤田 あっちゃんがそう思うのなら、それよりも先に終わりにした方がいい人がこの世の中に溢れ返ってしまうよ。
成田 絶対そんなことないよ。でも最近、ほんと最近なんだけど、私、たかちゃんの言葉を観客に、世界に伝えていくということにおいて、私にしかできないものがあるんじゃないかって思うようになったんです。それを思ったのは前回の『equal』なんだけど、そう思えたことがすごく嬉しかったんですよね。それくらい、私にとってたかちゃんの現場、言葉というのは、特別なものになっていると思うんです。これが答えになっているかわからないけれど。

2024年2月上演、『equal』より。撮影:細野晋司
青柳 藤田くんと私って、考えていることとか好みとかがほぼ同じだと思っていて…。
成田 ふたりはすごく似ているんだよね。
青柳 その藤田くんが、コレ(自分を指して)を使おうと思うなら、それは私はやるべきなんだろうなと思う、使命を負っている、というのかな。たとえば他の演出家…チェルフィッチュの岡田利規さんとの現場は、演劇っていう形式を更新し続けることを一緒にやっている感覚なんです。でも藤田くんは、演劇を超えた、まだなにか言葉にできていない、大きなものを作れる人じゃないかと思ってる。藤田くんと一緒じゃなきゃ、それはできないだろうなとも思うし。

2022年上演、『cocoon』より。撮影:岡本尚文
「僕が演劇をやるうえですごい影響を受けてきたふたりだから、いないことは考えられなかった」(藤田さん)
── 藤田さんがおふたりとやりたいと思うのは、どんなタイミングなのでしょう?
藤田 やっぱりキャスティングには慎重になります。あっちゃんだから言えるセリフ、やぎだから言えるセリフ、他の役者だから言えるものもあって、そういうことを自分のなかで精査して、毎回オファーしているつもりで。だからこそ、マームとジプシーは劇団という形をとらずに毎回オファーするというルールを作っているのもあって。ただ今回に関しては、僕が演劇をやるうえですごい影響を受けてきたふたりだから、いないことは考えられなかったというか。今ふたりが僕に寄せて話してくれたけど、むしろ僕のほうも、ここまでやってきた中で、ふたりに影響を受けたからこそ描けた言葉っていうのが確実にある。だから、こんな役をやってほしい、みたいなシンプルなキャスティングじゃなくて、この場にいてほしいみたいなことを思ってお願いしました。ふたりとは、一緒にいた時間が長いというだけじゃなく、訪れた土地だったりいろいろな同じものを見て同じことを聞いたりしてきたんです。でも僕が見聞きしたことと、あっちゃんの視点、やぎの視点が少しずつ違うのも面白くて。僕が演劇をやってきた時間の中のいろいろな瞬間に、ふたりが偶然いるみたいな状態が、なんとなく自分には心地いいんですよね。

2022年上演、『cocoon』より。撮影:岡本尚文
Profile
藤田貴大さん
ふじた・たかひろ 1985年生まれ、北海道出身。脚本家、演出家。2011年に岸田國士戯曲賞を受賞。7月からは『めにみえない みみにしたい』全国10か所のツアーがスタートする。
青柳いづみさん
あおやぎ・いづみ マームとジプシー、チェルフィッチュ両団体で国内外で活動。今日マチ子との共著『いづみさん』(筑摩書房)や最果タヒの詩のレコード『こちら99等星』が発売中。
成田亜佑美さん
なりた・あゆみ 1985年生まれ。マームとジプシーには旗揚げから参加するほか、並行して蓬莱竜太などの作品にも出演。その他の主な出演作に、舞台『ねじまき鳥クロニクル』。
Information
マームとジプシー『Curtain Call』
ある俳優が劇場に到着して、開演時間を迎えるまでの数時間。舞台監督や照明、音響などのスタッフが準備を進める中、交わされる他愛のない会話。やがて開演が近づき…。5月8日(木)~11日(日) 新宿・LUMINE0 作・演出/藤田貴大 出演/青柳いづみ、石井亮介、渋谷采郁、成田亜佑美、長谷川七虹 一般6000円ほか
anan2445号(2025年4月30日発売)掲載分に加筆して作成