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小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き○○○○●」:第20回目『髪の長いはなし』

エンタメ
2024.12.07

小島秀夫の右脳が大好きなこと=○○○○●を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き○○○○●」。第20回目のテーマは「髪の長いはなし」です。

子供の頃、床屋が苦手だった。“床屋”も“散髪屋”も死語だろうから、“理髪店”と呼ぶのが正しいか。昭和の時代、男たちは当たり前のように、理髪店へと通った。当時は、「髪をカットする」という言い回しはなく、誰もが「散髪」という言葉を使った。学校でも風紀検査がある度に、「散髪してきなさい」と言われた。つまり理髪店では伸びた髪を切る、刈り上げる、という概念しかなかったのだ。伸びた爪を切るのと同じだ(今ではネイルサロンもあるが)。近隣の理髪店は、学校規定を熟知しているので、みんな同じ髪型になって店から出てくる。子供の頃の“散髪”は、あくまでも“風紀”であり、“おしゃれ”ではなかった。だから退屈な散髪の時間は苦手だったのだ。

小学生のある日、スティーブ・マックイーンが主演したカルト映画『マックイーンの絶対の危機(ピンチ)』の続編にあたる『人喰いアメーバの恐怖2』を観た。そこでの、あるシーンに驚いた。巨大化したアメーバが、街を襲い、ボウリング場、映画館と、次々と人々を飲み込んでいくという見せ場だ。その惨劇の場のひとつとして、“Barber Shop”もコラージュされていた。店主と客の背後、シャンプー台の排水口から人喰いアメーバが溢れ出して来る。観客は、それを見ている。知らぬは“Barber Shop”にいる店主とお客のみ。髪を洗う準備が整い、椅子を倒して、客を仰向けのままシャンプー台に誘う。客は上を向いたままカメラ目線で叫びながら、見事にアメーバに喰われる。その稚拙なSFXに驚いたわけではない。僕が知っている理髪店では、どこの店も、髪はうつ伏せのまま“前倒し”に洗っていたからだ。後に知ったことだが、うつ伏せシャンプーは、業界用語では“スタンドシャンプー”と言われ、日本の理髪店でしか行われていない。アメリカの“Barber Shop”や日本の美容院では、仰向けに入れる“バックシャンプー”や“サイドシャンプー”が馴染みらしいのだ。なんでも江戸時代の武士が腹を人前に晒す(切腹を連想させる)のを嫌がったという説が有力だそうだ。

僕の実家の道路を挟んだ向かいの家は、“パーマ屋”だった。うちのオカンもそこに通っていた。ただ僕の場合、学校の風紀規定がある。高校卒業までは仕方なく、近所の理髪店に通った。大学生になった頃には、家の向かいにあった小さな“パーマ屋”は、大成功を収め、バス通り沿いの利便性の高い、大きな敷地へと移転、おしゃれな“美容院”として再スタートしていた。僕は長年の夢であった“人喰いアメーバ”を体験すべく、この美容院に通った。僕は髪の毛が多い。しかも、剛毛だった。だから、髪を極端に切ると、うまく収まらない。そこで部分パーマを勧められた。耳の上の両サイド部分。ここが浮き上がらないようにと。今、当時の写真を見ると、タツノコプロのヒーローの様な髪型にしか見えない。また、おばちゃん独自の趣味で勝手に“玉置浩二カット”にさせられていた時期もあった。

ゲーム業界に入ってからは、ファッションどころではなくなった。髪を切る時間も勿体無い。それと大きな問題があった。先輩を差し置いて、新入社員の身分で企画、監督をする。スタッフは、同期以外は皆、年上だ。舐められてはいけない。そこでコナミの当時の若い人事部長から聞いた話にヒントを得て、オールバックで通した。亡くなった親父がずっとオールバックだったのも影響している。

『MGS』(注)が売れてからの2000年代からは、また美容院に通い出した。もうオールバックで虚勢を張る必要もなくなった。代官山にある知り合いのヘアサロンにお世話になった。この頃は、インタビューや対談も増え、撮影にヘアメイクを入れる事も増えた。そこで知り合ったのが、ヘアメイクの奈良原友美さん。カットが上手いので、プライベートでも彼女にカットしてもらうようになった。子供たちも含め、もう20年以上もお世話になっている。コロナ以降は、撮影がある時に、ついでに現場でカットしてもらうことが多い。

僕は、これまで髪の毛を染めていない。髪のケアもしていない。ところが、2020年に体調を壊した。その間に髪の毛がかなり抜け落ちた。浴槽の排水口が詰まりそうなこともあった。理由はわからないが、髪の質はかなり細くなり、量も減っている。

9月、anan誌での久しぶりのグラビア撮影があった。いつも撮影現場で、もうひとりお世話になっているのが、ヘアメイクの青木理恵さんだ。彼女には、髪の毛にボリュームがある様に見えるイメチェンをお願いした。この誌面に掲載されている自己紹介写真がそれだ。理髪店から美容院、オールバック、ヘアサロン、ヘアメイクを経て、これが、今の僕。歳と共に髪の事情も髪型も変わるが、シャンプー時には、いくつになっても“人喰いアメーバ”を思い出す。

注:『MGS』 小島秀夫監督が手掛けたメタルギアシリーズの3作目『メタルギアソリッド』。

今月のCulture Favorite

アニメーション映画『Flow』(来年3月14日公開)のギンツ・ジルバロディス監督が、東京国際映画祭のゲストで来日した際に対談をした時のもの。

フランスのアーティストWoodkidさんと。彼による、杉並児童合唱団の収録時のもの。

『DS2』の収録でコジプロを訪れた忽那汐里さんとのツーショット。

01/01

PlayStation® Presents『DEATH STRANDING 2』Special Stage!!


先日行われた、東京ゲームショウ2024でのイベント映像のアーカイブが公開中です。

『OD』 インフォメーション

「The Game Awards 2023」にて発表した、最新作『OD』の公式ティザートレーラーが、KOJIMA PRODUCTIONSの公式YouTubeチャンネルで公開中。
https://youtu.be/j1pnFI1r8N0

『PHYSINT(Working Title)』 インフォメーション

先日、完全新作オリジナルIP『PHYSINT(Working Title)』の制作を発表。
https://youtu.be/WjPc9QI3hjY

PROFILE プロフィール

小島秀夫(こじま・ひでお)

1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。’87年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。

★次回は、2428号(2024年12月25日発売)です。

anan 2424号(2024年11月27日発売)より

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