〈東京二十三区の成り立ちは、明治元年に遡る〉らしい。東京府と改称されたのちに少しずつ領域を拡げ、整理統合されてきた。現在と同じ23区となったのは、昭和22年8月だ。
江戸から続く歴史と、戦後スクラップ&ビルドを繰り返してきた大都会には、埋もれてきた“影”の伝説も多く存在する。そんな東京の、よく知られた場所の知られざる貌(かお)を掘り起こし、ぞくぞくする読み心地に浸らせてくれるのが、長江俊和さんの『東京二十三区女』だ。
「東京には至る所に怪異な話が残っていて面白いと感じていました」
たとえば、板橋区にある縁切榎ともらい子殺しの伝説、渋谷区の暗渠と童謡「春の小川」との関わり、江東区の埋め立て地「夢の島」と負の史実など。映像でも小説でもリアルとフィクションを融合し、現在と過去に因縁めいたものを感じさせてしまう長江さんらしい作風の一冊。
「自分で“これを使おう”と決めたモチーフをいくつも掛け合わせて、どんな物語に仕立てていくかが、苦しくも楽しい体験でした。伝承をぶつ切りで書くより、狂言回しのような視点人物が昔あった出来事をひもといていく構造の方がスリリングな物語にできるのではと思いました」
そこで、霊感のあるフリーライターの原田璃々子と、彼女の大学時代の先輩で民俗学の元講師である島野仁が、ルポ企画の下取材のためにいわくつきの街を歩くという連作スタイルに。オカルト肯定派と否定派という対立も含めて、名コンビになっているのが面白い。
「古い地図を片手に僕自身が歩き回り、取材時に頭に浮かんだことや目に留まったものを、そのルートをたどる璃々子たちの会話などに織り込むようにしました」
街だけでなく、映画からモチーフをとったものもある。
「フランスの短編映画『ふくろうの河』(原作アンブローズ・ビアス)の逆バージョンをやってみたくて書いたのが『港区の女』です」
ちなみに、本書にはそうした“東京をめぐる謎”だけでなく、物語全体を揺るがす大きな秘密がある。それがラストで明かされるのだが…。
「果たしてこれが答えなのかどうか。僕もまだ真相はわかっていない。残りの区の物語も書く予定ですが、その中で見えてくるかもしれません」