インタビュー場所には、白シャツにくるぶし丈のゆるめの黒いパンツ、白のハイカットコンバースという、なんとも洗練された、そして大人の抜け感が目を引く私服で、ひょうひょうと現れた。いつもスクリーンで見るあの凄みは、どこへ置いてきてしまったのだろうか、と思うほどゆったりとした話し方で、リラックスして見える。それが、188cmの長身をボッテガ・ヴェネタの衣装に包み、カメラの前に立ったとたんに、俳優・松重豊になった。そうだ、いつも見ているのはこの顔だ! と思いながらも、インタビュー中のやわらかい表情が忘れられない。どちらも魅力的な大人の男の顔だ。
「松重です、どうぞ何なりと聞いてください」
独特な会話のテンポで、始まりから真摯な対応を見せてくれた松重さん。その余裕こそが大人!
「大人の男についてねぇ、へえ~(笑)。考えたこともないですねぇ。そういえばこの間知り合いと話してたんですが、20代の頃っていろんな意味でとんがっていますよね。世の中間違ってるとか、俺がひっくり返してやるとか、価値観をぶち壊さないとダメだって言ってみたり。そこから30年ぐらい経って、50も半ばになった時、20代の自分が刃物を持ってこっちに向かってきて、『今のてめえの生き方、なんだよ』って言われた時に『ごめんなさい、こんなつもりじゃなかった!』って言ったら、そいつは大人にはなれていない。そこで『かかってこいよ』って言えたら、大人というか成長というか、恥じない生き方ができているんじゃないか、ってね」
とはいえ、そもそも大人という概念が自分の中にはないと言う。
「大人になろうと思ったことが今までなかったのかもしれないですね。僕らの商売は、むしろ、大人だねって言われたら侮辱された感覚すらある気がします。そんなに丸くなったかな? 物分かりのいい顔しちゃってるのかな、って。ただ経験は積んでいるし技も増えていくことを考えると、達人にはなっているのかもしれませんね」
松重さんといえば、刑事役とヤクザ役のイメージが非常に強い。
「一年のうち8割は刑事かヤクザやってますよ。僕みたいに恐ろしい顔をした系統の俳優が進むのは、20代にヤクザ、30代もヤクザ、40代に入るとヤクザと刑事ってね(笑)。今だって公開中の映画『グッドモーニングショー』と『ミュージアム』が刑事役で、『続・深夜食堂』はヤクザ。でもそれぞれ違う人物なんで、決して偏っているとは思いません。役者って何でもできなきゃいけないから、常にギアはニュートラルに入れておいて、この人物はトップに入れたら面白いのか、ローなのか、バックなのかって変えていく。どんな役が来てもいいように、守備範囲を広く持っておかないと」
その松重さんのフィールドの広さを決定づけた役のひとつは、ドラマ『孤独のグルメ』シリーズの井之頭五郎である。
「ファーストインプレッションですごく美味しそうに食べることと、きちんと最後まで食べること。五郎を演じるにあたって、それができなくなったらもう終わり。だから撮影の前の晩からは何も口にしないし、それは当たり前のことで。舞台だって、これを毎回やってるの? 大変だね、っていう姿をお客さんはのぞきに来る。五郎も、この量毎回食べてるの? っていう残虐さがないと、お客さんは興味を持ってくれないと思うんです。五郎役は、刑事とヤクザの息抜きかと思いきや、案外そうでもないんですよ」
ひたすら食べる撮影でも、太ったら役者としては失敗。体重の増減はある程度コントロールできるものの、やはり役者としてニュートラルな肉体を心がけている。
「維持するのはそれほど難しいことじゃなくて、人よりちょっと歩いて、スポーツジムにも特別行かずに、ネットで1000円ぐらいで買った腹筋ローラーを本気で1日30回、毎日続けるだけ。体幹が鍛えられて腰痛がまったくなくなったし、むしろ何も運動していなかった若い頃よりも体幹はしっかりしてるような気がします」
仕事がなかなか来なかった時代に、いい役をもらえるためには、いい役者であるにはどうしたらいいかをひたすら考え続けた。今では、戦いの場所で自分をキープし続けることがテーマだと言う。
「ひとつ位が上がって大人になりました、みたいなのはいまだにないね。僕は修行僧として一生修行を積む人生だと思っていますよ」