あの文豪に愛された黒猫が、生まれ変わって送る猫生は。
ページをめくってほどなく、読者は、語り手の黒猫が夏目漱石の『吾輩は猫である』のモデルとなった猫の生まれ変わりだと気づくはず。
「たまたま近くの書店で、文豪と暮らした猫について書かれた本を見つけたんです。その瞬間にこの小説の雛型が頭に浮かびました。最初は夏目漱石が飼っていた猫のイメージしかなかったのですが、資料を読むうちに、いろんな作家に飼われていた猫が集まったら面白いなと思い、設定の肉付けをしていきました」
物語の冒頭、野良として生まれた黒猫は頑なに人間とは距離を置く。というのも、漱石と過ごした生涯以外の猫生では、何度も人間にはひどい目に遭わされてきたのだ。だが、北斗堂で暮らすうちに、黒猫の中で何かが少しずつ変わっていく。
「黒猫の過去については、日本の歴史の要所要所の時期を拾っていくと同時に、物語の背景とリンクさせていきました」
店には他にも個性的な猫たちがいる。実在したどの作家に飼われていた猫なのかが徐々に分かってきて楽しい。古本の間で気ままにのんびり過ごす彼らの様子がユーモラスで、本好き猫好きにはたまらない。
やがて店の常連の本好き少女・マドカが小説を書き始めたあたりから、物語は創作を巡る話にもなっていく。
「他の作家さんや漫画家さんの作品を読んでいると、ご自身の体験を反映されたものはやはり面白いし深みがある。ただの会社員の自分に強みがあるとしたら、書くことに対する悩みや思いみたいなものなのかなと思い、反映していきました」
実は北斗堂の店主・北星恵梨香が抱える秘密も、物語の創作に関することである。それが明かされた時、物語は大きく動く。
「自分の中で、ゼロから物語を創作することができるのは人間の特権だ、という意識があります。神様でも創作はできないと思っていたのですが、調べたところ、ある神様の存在を知って。人間との対比として、その神様を物語に関わらせていきました」
後半には予想外の大スペクタクルが広がるが、「世界観が大きめの作品もよく書いていました」とのこと。
「もともとファンタジー要素やSF要素のある、シリアスな作品を書くことが多くて。実は『猫と罰』はリフレッシュ感覚で書いたもので、自分の中ではイレギュラーなテイストの小説なんです」
2020年にはホラー小説『森が呼ぶ』で最恐小説大賞も受賞している宇津木さん。今後については、
「ジャンルにこだわるというよりも、面白い話が書きたい。いろんなものが書けるようになりたいです」
宇津木健太郎『猫と罰』 3回目の猫生を漱石と過ごした黒猫が、いよいよ最後となる9回目の生を受け、小さな古書店にたどりつく。そこには物語を巡る秘密があり…。新潮社 1760円
うつぎ・けんたろう 1991年生まれ、埼玉県出身。同人活動を続ける中で2020年に『森が呼ぶ』で第2回最恐小説大賞、今年、『猫と罰』で日本ファンタジーノベル大賞2024の大賞を受賞。
※『anan』2024年7月17日号より。写真・土佐麻理子(宇津木さん) インタビュー、文・瀧井朝世
(by anan編集部)