前田:コロナ前とコロナ後で、働く環境は大きく変わりましたよね。リモートワークが推進されたことで、いままでは社内で集まって話していたことも、メールだったりLINEだったりでやり取りすることが増えました。ともすれば誤解も生まれやすいテキストコミュニケーションが圧倒的に多くなったことで、これまで以上に言葉の力の重要性が上がったと思います。言葉の卓越性次第で、仕事の結果にも、大きな差がついてくる。
安田:確かにそうですね。この先、人類が進化してテレパシーでやり取りできるようになったら、言葉も必要じゃなくなってくるんでしょうけど…。
前田:(笑)。まさに日本にはこれまで、阿吽の呼吸とか以心伝心とか“言語化しなくても察して”みたいな考え方がありましたけど、リモート時代にそれは通用しなくなったなと思っています。僕自身、テキストコミュニケーションが中心になって、LINE1本送るにもいままで以上に言葉のチョイスに本当に真剣に悩むようになりました。同じ用件を伝えるにも、表現の仕方って無限にあるし、受け手側の読み取り方によっても印象がかなり変わる。だから句読点を入れる入れないとか、どこに入れるかだけでもすごく考えます。
安田:改行ひとつでも違いますよね。
前田:ですね。僕はここで一回ちょっと呼吸してもらおうっていう時に、意識的に改行や句読点を入れたりします。息をどれくれらい吸ってほしいか、で、読点にしたり、改行にしたり、考えています。
安田:前田さんは「上記の件、承知いたしました」みたいな返信をされるほうですか? あまりに素っ気ないからって「笑笑」とか入れたりして?
前田:あまりしないかもしれません。体裁以上に気をつけているのは、テンションや明るさです。僕は文章上のやり取りの時は、いつもより2段階くらい明るくしていると思います。こんなスタンプ送るの? っていうくらい明るいスタンプを見つけると買っちゃっているような(笑)。たとえば、「承知いたしました」って硬めの文面送ったとしたら、その後にドラえもんが照れてるスタンプを使うとか…バランスですよね。
安田:前田さんの素晴らしいところは、偏見のないところですよね。僕がさっき「笑笑」って言ったのは、きっとそこにちょっと偏見があるからだと思うんですよ。でも前田さんは、新しい物事に対して、最初から否定じゃなく受け入れの姿勢でいますよね。つねにプラスの思考でいるというか。そういう柔軟さが前田さんのいまの仕事の形の根本にある気がしています。
前田:僕、たぶん変化が好きなんです。変化に対してストレスがないんです。
安田:前田さんがやられているSHOWROOM(※1)もそうですよね。著書(※2)にも書かれていましたが、ライブ配信が生のライブに敵わなくても、アバターというもので参加することで共有感を持って楽しむことができるとか。僕ね、金子みすゞさんの「椅子の上」(※3)っていう詩を思い出したんですよ。少女が椅子に上る。それだけでいままで知っていた世界とか変わって見えて、想像力が見事に広がるという詩で。芝居にもあることですけれど、それがパソコンの画面であっても発想は同じなんじゃないかって。
前田:そんなふうに見ていただけていて、めちゃめちゃ嬉しいです。
安田:僕ね、リモート会議の利点にこのあいだ気づいちゃったんですよ。会話してると、相手が最後まで話しきる前に言いたいことがわかっちゃう時ってあるじゃないですか。対面だと、しゃべってる最中に誰かが別の意見をかぶせてきたり、遮ったりすることがあるけれど、リモートの場合、話を最後まで聞かざるをえないっていうのがあるんです。だから僕みたいな口下手な人間でも自分の意見を最後までちゃんと言うことができるから助かるなと思いました。
前田:確かに。いまの話もそうですが、ワークスタイルが変化してきたことで、仕事に求められるスキル自体が少しずつ変わってきてると思います。さっきの“言葉の力”もですし、あと僕が重要視しているのは“ご機嫌である力”。リモートワークって基本的に顔が見えないし、リアルと違ってちょっとした話しかけにくさがあるじゃないですか。そうなってくると、このことを誰かと話したいってなった時に声を掛けるのって、ご機嫌力が高い人のほうなんですよね。話がすぐネガティブになっていく人にはやっぱり話しかけない…。
安田:だからか、声掛からないの…。
前田:(焦って)いやいや。それはあくまで一般的な仕事場の話です。クリエイターやアーティストは、ネガティブな思考もまたクリエイティブに結びつけられる職業ですから!
※1「SHOWROOM」
前田さんが立ち上げ、現在、代表取締役を務める会社が運営するライブ配信ストリーミングサービス。“仮想ライブ空間”をキャッチコピーに、タレントから一般人まで誰もがPCやスマートフォンからライブ配信をおこなったり視聴したりできる。視聴者は画面にアバターとして登場し、配信者にメッセージや仮想ギフトを贈れるシステムも。
※2 『人生の勝算』
‘17年に出版された前田さんの最初の著書。自身の起業の原点となった路上ライブ時代から、外資系投資銀行を経てSHOWROOMを立ち上げるまで。そして、サービス開始直後の挫折から現在までが綴られる。さまざまな局面を突破し、起業家として成功をおさめた前田さんの鋭く本質をついたビジネス哲学は簡潔で明確。人生の手引きにも。(550円 幻冬舎文庫)
※3『椅子の上』
大正末期から昭和初期にかけて活躍、26歳の若さで生涯を閉じた童謡詩人・金子みすゞの詩の一編。岩の上に立ち、潮が満ちていく様子を眺める描写から始まるが、途中、(もういいよ、ごはんだよ)の声が入り、部屋にある椅子に上っていた少女の想像上の情景だったことが明かされる。金子みすゞ童謡全集4『空のかあさま・下』(1320円 JULA出版局)に収録。
前田裕二さん 起業家。外資系投資銀行などを経て、2015年に株式会社SHOWROOMを設立。そのビジネス哲学は広く支持され『メモの魔力』など著書も多数。
やすだ・けん 1973年12 月8日生まれ、北海道室蘭市出身。放送予定のドラマ『らせんの迷宮~DNA科学捜査~』(テレ東)に出演。主演映画『ハザードランプ』が2022年公開予定。
ジャケット¥44,000 シャツ¥26,400 パンツ¥40,400(以上ブラームス/ワンダリズム TEL:03・6805・3086) 靴¥52,800(サンダース/グラストンベリーショールーム TEL:03・6231・0213) スカーフ¥19,800(ア ピース オブ シック/グラストンベリーショールーム) 時計¥52,800(ツェッペリン/ウエニ貿易 TEL:03・5815・3277)
※『anan』2021年5月19日号より。写真・内田紘倫(The VOICE) スタイリスト・村留利弘(Yolken/安田さん) ヘア&メイク・横山雷志郎(Yolken/安田さん) 取材、文・望月リサ
(by anan編集部)