
ク・ギョファンさん(右) イ・ジェフンさん(左)
「止まったら、即死亡──。」脱北を試みる脱走兵ギュナムと、彼を追い詰めるエリート軍人ヒョンサン。ふたりの追跡劇を描くノンストップアクション映画『脱走』。公開を記念して来日した韓国を代表する実力派俳優イ・ジェフンさん&ク・ギョファンさんにお話を伺いました。
「私の夢って、なんだったんだろう」と考えるきっかけになったら
── 『脱走』のシナリオを読んで、作品に惹かれ出演したいと思ったのは、どんなところだったのでしょうか?
イ・ジェフン 僕の場合は、定められた運命の中を生きている兵士のギュナムが命がけで脱走しようとする姿が、どこか僕達の人生と重なるところがあると思ったんですね。映画を観ていただいた方も、ギュナムに共感できるところがあるんじゃないかと思います。様々な障害を乗り越えて、命がけで脱走するギュナムを応援したくなるんじゃないでしょうか。観終わった後には、観客の皆さんが「私の夢って、なんだったんだろう」と考えるきっかけになったらいいと思いましたし、そうなれば自分にとってもやりがいのあることだなと思いました。そんな期待を持ってこのシナリオを読みました。
ク・ギョファン ギュナムの脱走を防ごうとしている軍少佐ヒョンサンという人間が、実は自分の中にも、「脱走をしたい」という気持ちを抱いている点がまず興味深かったです。そして、ジャンル映画という形をとりながらも、ギュナムとヒョンサンというふたりの関係性やドラマが濃密に描かれているシナリオにひかれてこの映画に参加したいと思いました。それとは別に、イ・ジェフンさんと、イ・ジョンピル監督のファンでしたので、それもあってより参加したいと思いました。
── ク・ギョファンさん演じるヒョンサンが、おもむろにリップクリーム塗ったりするシーンがあって印象的でした。キャラクターを深く理解して演じようと思ったところはありましたか?
イ・ジェフン ギュナムは北朝鮮の方言を使っているんですけど、ダイアログコーチに方言を習いながら演じました。そのダイアログコーチの方は、実際に北朝鮮のハムギョンドから38度線を超えてやってきたそうなんです。だから、最近の北朝鮮の若者がどんな風にコミュニケーションをしているのか、どんなイントネーションで話しているのかを知っていたんですね。実は僕は韓国の方言が全く話せないソウルっ子なんですが、そんな風に、北朝鮮の方言をしっかり身につけるために努力しました。
また、外見的には「乾いた薪」のような、強烈なイメージを表現しようと思いました。十分に食べられないけれど、でも強固な肉体である、そんなイメージを表現するために、ダイエットをしました。それはすごく大変ではありましが、映画を観てくださった方に、ギュナムの切実さがしっかり届くように、自分を極限の状態に追い込みながら準備をしました。
ク・ギョファン ヒョンサンは、リップクリームを塗ったり、髪をポマードで固めていたりと、見た目やスタイルをとても意識している人なんですね。それは、半ば脅迫観念のようなところもあったのではないでしょうか。僕が思うに、おそらくそうしてしまうのは、自分自身の内面が弱いからなんじゃないかと思うんです。不安や恐怖を隠すように、鎧を身につけたり、自分を飾ることで、逆に弱さが滲み出ているんだと言う風に理解して演じました。その中には真実が隠されています。それを覆うための道具であったり仕掛けだったという風に考えてアプローチしました。
ときに、彼のスタイルが崩れてしまうことがあるんです。例えば固めていた前髪がはらりと落ちてきてしまったりとかする時に、ヒョンサンはより正直になっているんですね。それは映画を観てもらえば気付いてもらえるところだと思います。
また、彼は音楽をやっていた設定があるので、それも役作りにすごく役立ちました。例えばヒョンサンがギュナムのことを銃で狙うシーンがあるんですが、ヒョンサンは音楽をやっていたからこそ、銃を構えるときにも独特のリズム感があるんです。それも映画を観ていて気付いてくれる方がいるかもしれません。そのシーンでは、リズミカルなメトロノームのようなリズムを頭の中で歪み刻みながら演技していました。
実はイ・ジェフンさんを思い浮かべながら書いた、長編シナリオがあります
── 先ほどク・ギョファンさんが共演を熱望していたと言われていましたが、そう思ったきっかけと、お互いに共演してみて、刺激になったなとか思うところがあったら教えてください。
イ・ジェフン 僕は俳優としての夢を育てる過程の中で、インディペンデント映画によく出ていた時期がありました。私にとってインディペンデント映画に出ていた時期というのは、俳優として礎のような時期だったんですね。一作一作、インペンデント映画に出演しながら演技が分からなくて悩むこともありましたし、難しく感じられて夢を諦めかけた瞬間もありました。でもやっぱり諦めずにずっと続けたいという気持ちを持って映画に出ていたんです。
そんな中、インディベンデント映画業界を見回していると、自然とそこで注目されている俳優は誰なのかな?という目線が出てくるんですね。そこでク・ギョファンさんの存在を意識するようになりました。ク・ギョファンさんは、演技がすごいだけでなく、当時からシナリオも自分で書かれていたんです。それが本当にすごいことだと思いましたし、こんなに才能のある人がいるんだと知って、いつかご一緒したいなということをずっと胸に秘めていたんです。
その後、『モガディシュ 脱出までの14日間』という映画を公開時に見たんです。商業映画の大作の中でメインキャラクターとして生き生きと演技されているク・ギョファンさんを見て、すごいテンションが上がって興奮したことを覚えています。周りの人たちにも「『モガディッシュ』を見たか、ク・ギョファンさんって最高だよね」と言いまくってたんです。同時に「いつか共演してみたい」という話を映画業界の方や俳優さんたちにも言ってまわっていたんですけれども、今回この『脱走』という作品で、ご一緒できることになって、そして今のこの瞬間を迎えることができました。今こうやって日本で一緒に取材を受けている瞬間も夢を見ているようですし、本当に幸せです。
ク・ギョファン 僕は、映画を撮りたい、演出家になりたいと思っていた時に、シナリオをたくさん書いていたんです。僕の場合は、シナリオを書くときに、仮想のキャスティングをしてあて書きをするんですね。俳優が思い浮かべながらでないと、そのキャラクターに感情移入がなかなかできない性質なんです。で、実はイ・ジェフンさんを思い浮かべながら当て書きをした長編のシナリオがあるんですよ。それを書いたのはもうだいぶ前で 2013 年くらいなんです。
イ・ジェフン そんなことがあったんですか! 初めて聞きました。
ク・ギョファン もちろん、この話を実現するためには出資も受けたりしないといけないんですけど、それくらい俳優としてのイ・ジェフンさんのことが大好きだったんですよ。
観客としてイ・ジェフンさんのフィルムモグラフィを追ってみると、本当に役の幅が広い方だって分かると思います。コメディからアクション、濃厚な人間ドラマまで、本当に見事に演じられていて、グラフにしたら全方位にバランスのとれた、オールマイティな俳優さんだとわかります。だから同僚としても自分もどう一緒に演じようかという欲が湧いてくるし、演出家としてもどう撮ろうかという欲が湧く、そんな存在です。そして、さっき言いましたシナリオというのは、私の中では現在も進行中です。
次に共演するなら、ふたりでコメディを演じてみたい
── そんなおふたりが、もしまた共演するとしたらどんな関係性がいいでしょうか?
ク・ギョファン 次は一緒に移動する作品がいいですね。一緒に誰かを捕まえるとか、一緒に誰かを追うとか、そんな風に一緒に時間を過ごしたいです。ふたりでコメディもやってみたいですね、3秒ごとに人を笑わせようとふたりで頑張るようなそんな作品をやりたいです。実現できるように、この噂をぜひ広めてください!
イ・ジェフン 兄と弟のような気楽な間柄のものもいいですね。仲がいいからこそケンカしたり、一緒にお酒を飲んで、日常生活における感情を共有できる演技ができたらいいと思います。
── おふたりから映画を愛する気持ちがすごく感じられたのですが、日本の映画で好きな監督や好きな作品はありますか?
イ・ジェフン 以前から是枝裕和監督が大好きです。また、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』も大好きです。韓国で濱口監督作品がリバイバル上映されたとき、僕が濱口監督にインタビューする機会があったんですけど、ご一緒できて本当に光栄でした。
ク・ギョファン 僕は相米慎二監督が好きです。でもお亡くなりになってしまっているので、上映があっても監督とご一緒することができないのは残念です。映画って本当に私達が親密にコミュニケーションがとれる言語ですよね。
Profile
イ・ジェフン
1984年7月生まれ。2007年の短編映画『夜は彼らだけの時間』でデビュー。『建築学概論』、『金子文子と朴烈』などの映画に出演。天才プロファイラーを演じた『シグナル』、荒くれものを好演した『ムーブ・トゥ・ヘブン: 私は遺品整理士です』、シーズン3も決定したシリーズ『復讐代行人~模範タクシー~』は日本でも大きな人気を集めている。
ク・ギョファン
1982年12月生まれ。韓国インディーズ映画界で独自の地位を築いたのち、その実力が認められ、『新感染半島 ファイナル・ステージ』に出演し、注目を集める。Netflixオリジナルドラマ『D.P.―脱走兵追跡官―』シリーズや『寄生獣 -ザ・グレイ-』『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』など、日本でも人気を集めるドラマにも多数出演。製作から監督、脚本、演技まで全てをこなすマルチな才能の持ち主。
information

『脱走』
「止まったら、即死亡──。」まもなく兵役を終える軍曹ギュナム(イ・ジェフン)は、自由を求め韓国への脱走を計画していた。ついに脱北を決行しようとするが、部下の下級兵士ドンヒョク(ホン・サビン)に先を越されてしまい、失敗してしまう。更にギュナムの幼馴染で、保衛部少佐のヒョンサン(ク・ギョファン)は、脱走兵であるドンヒョクを捕まえた英雄としてギュナムを祭り上げ、前線からピョンヤンへと異動させようとする。迫る脱走のタイムリミットがあと2日に迫るなか、ギュナムは、ヒョンサンの目を盗んで再び軍事境界線を目指して、決死の脱出を試みるが、予期せぬ困難が立ちはだかる…。
※ 新宿ピカデリーほかにて全国ロードショー