唄を口ずさみたくなる、リリカルなショートショート集。
「最初に連載した雑誌『雲遊天下(うんゆうてんか)』(ビレッジプレス)が、関西フォークの人たちが多く寄稿していた本で、かつて自分もそういう曲を好きで聴いていたので、ごく自然に唄をテーマとすることになりました。何かの折に、ずっと忘れていた唄を思い出すということは実際あることです。たとえば、自転車にのっているとき、風に吹かれてふいに」
雪が降る街を歩くうちに思い出す唄、いじめられて悲しい下校時に口ずさむ唄、初恋の芽生えとともにある唄など、全47話に織り込まれたシチュエーションはいろいろだが、どれも詩的で心にしみる。
「唄というしばりがあるので、まずそこから思いつく“キーワード”を引き出し、その言葉からの連想でストーリー…というよりエピソードを考えてゆきました。展開は“唄で始まるか/終わるか”という、いささか技術的なところに関わっていきますが、大切にしていたのはやはりセンチメンタル、だと思います」
作中でみなが唄を口ずさむが、特に曲名は挙げられていない。
「僕の中には、それぞれの話に、それぞれの思う曲がありましたが、曲名や歌手の名前というのは、それだけで何らかの“物語”を持ってしまうものです。なので、今回はそれを一切出さず、読む人それぞれの記憶の中にある唄に託しました。読んで、自分だけの唄を、思い出してもらえたらとてもうれしいです」
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無二の世界観は、絵のタッチにも及ぶ。しっかりした輪郭線と、描き込みすぎない的確なシワや影。それによって、登場人物の心情や自然の豊かさが伝わってくる。
「漫画家と思えぬほど、画を描くことは苦手です。いまでもペン入れのときはちょっと勇気が要る。それで、必要最低限の場面をなるべくシンプルな線で描こう、としているうちに現在の画風になりました。ベタ(スミ部分のこと)も画面のバランスのためですが、背景の省略という魂胆もあります。ただそういう描き方で画面を成立させるためには、ディテールをていねいに描かねばならず、思いのほか時間がかかってしまいます。画は水彩紙につけペンと水彩用の筆で描き、インクはレタリングゾル。まったくのアナログ派です」
この世界にずっと浸っていたくなる、優しくて繊細な作品集だ。
もり・まさゆき 漫画家。1957年、北海道生まれ。'76年にデビュー。他の作品集に『追伸』(新装版、バジリコ)など。https://www.morimasayuki.com/
『ポケットの中の唄』 〈猫の唄をあまり知らないので〉〈アイスクリームの唄を思い出した〉等々、物語で描かれたのはどんな唄なんだろう、と想像するのも楽しいコミック集。青林工藝舎 1200円 ©森雅之/青林工藝舎
※『anan』2020年2月12日号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)