見知らぬ者同士が、偶然の出会いから行動を共にする。ロードムービーの王道の設定だ。主人公がやり場のない思いを抱えた少年のこともあれば、人生の岐路に立たされた大人のこともあるが、その旅は彼らの人生に大きな意味を持つことになる。
タイトルの響きからしてわくわくさせる『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』で出会うのは、しっかり者の兄を亡くし、生活に行き詰まっているジョージア州の漁師タイラーと、プロレスラーになるという夢を叶えるべく施設から脱走したダウン症の青年ザック。他人の収獲をくすねていたのが発覚して逃げたタイラーのボートに、ザックが隠れていたのだ。早々に厄介払いしようとしたタイラーだが、心もとないザックを放っておけず、ノースカロライナ州のプロレスラー養成学校を目指す彼を旅の道連れにすることに。
この時点で、心根の優しい男であることは想像がつくタイラーだが、それでも最初はザックに対して、自分がボスのように振る舞いがち。けれども、そんな二人の関係が、旅を続けるうちに、本当の相棒のようになっていく。川を渡ろうとするカナヅチのザックに襲いかかる危機といい、筏での航行といい、大人版『トム・ソーヤーの冒険』的なときめきも味わわせてくれれば、うまくいかない人生を重ねてきた大人が人の優しさに触れるからこその、切なさや機微にも溢れている。なかでも、まだ旅が始まって間もない夜に、ザックとタイラーが語り合うシーンは、心から理解し合える友人と出会った幸せに包まれていて、まさに感動的。タイラーが“おたずね者”として追われる身なのを、ときに忘れてしまうくらい、随所に温かなエピソードがちりばめられているのだ。
もちろん、養成学校まで無事に着けたとしても、入学金が必要なんじゃないかという現実的な疑問も湧く。けれども、そんなツッコミをかわす展開が待っていたり、その後のクライマックスも、ラストの展開もこちらの予想をいい感じに超えていく。それもすべて、「夢を叶えてあげたい」と、出会う人々に思わせるザックの真っすぐさがあればこそ。そんな胸に響く物語の魅力は、『ショート・ターム』など観客に支持された作品が次々とヒットし、近年注目を集めるSXSW映画祭でNarrative Spotlight部門の観客賞に輝き、全米わずか17館でのスタートから公開6週目には1490館に拡大するほどの人気を集めたことからも、推して知るべし。
本作で長編デビューしたザック役のザック・ゴッツァーゲンはもちろんのこと、キャストがみんな魅力的。タイラー役のシャイア・ラブーフは、喪失感を抱えた武骨な男の優しさを体現して、彼がものすごくいい役者だということに気づかせてくれる。ザックの行方を捜す施設の看護師エレノア役のダコタ・ジョンソンの慈愛に満ちた眼差しも、また然り。
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夢が叶おうと叶うまいと、その夢を応援してくれる人がいることが、どんなに日々を輝かせるか。「友達というのは、自分で選べる家族」と、施設の入居者がザックに贈る言葉が、彼らの旅の終わりに沁みてくる。タイトルの「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」が何を意味するのかもお楽しみに。
『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』 監督/タイラー・ニルソン、マイケル・シュワルツ 出演/シャイア・ラブーフ、ダコタ・ジョンソン、ザック・ゴッツァーゲン、ジョン・ホークスほか 2月7日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開。©2019 PBF Movie, LLC. All Rights Reserved.
※『anan』2020年2月12日号より。文・杉谷伸子
(by anan編集部)