「映画の美学というのは、プロダクションの欠乏からくるものかもしれない」『顔 -かお-』ヨン・サンホ監督&パク・ジョンミン対談

左 パク・ジョンミンさん、右 ヨン・サンホ監督

『新感染 ファイナル・エクスプレス』 など数々のヒット作を放ち、最近ではNetflixシリーズ「ガス人間」の脚本を手がけたことでも知られるヨン・サンホ監督。彼が自身のグラフィックノベルを映画化した最新作『顔 -かお-』が日本でまもなく公開になる。一緒に来日を果たした主演のパク・ジョンミンとのインタビューをお届けします。


『顔 -かお-』

Information

ドンファン(パク・ジョンミン)は、父である盲目の韓国随一の篆刻家イム・ヨンギュ(クォン・ヘヒョ)を支えながら暮らしていた。ある日、40年前に消息不明になったドンファンの母親、チョン・ヨンヒの遺体が発見されたという知らせが届く。何者かに殺害された可能性もあるというヨンヒ。父を取り上げるドキュメンタリー番組のプロデューサーと調査を開始したドンファンは、各所でヨンヒが“醜い顔”をしていたとの証言を聞く。やがて明らかになる、母の死に関する真実とは。

脚本/監督・ヨン・サンホ

出演:パク・ジョンミン、クォン・ヘヒョ ほか

8月28日(金)新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国ロードショー

── これまでのヨン・サンホ監督の作品では、ゾンビや悪魔が出てくることが多かったように思いますが、今回の『顔 -かお- 』は人間の内面にフォーカスした作品になっていました。なぜ今、このような作品を撮ろうと思われたのでしょうか?

ヨン・サンホ この作品の台本を最初に書いたのが2014年くらいのことなんです。その頃は『我は神なり』を撮っている最中で、その次の作品としてはインディペンデントのアニメ作品を撮ろうと構想していました。

『顔 -かお-』については、『ソウル・ステーション/パンデミック』とどちらを次に撮ろうかと考えていたんですが、周囲の方たちから、社会的な作品が続いているから次はジャンルものをやってみたらと言われて、次の作品を『ソウル・ステーション/パンデミック』にしたんです。それが『新感染 ファイナル・エクスプレス』につながっていき、『新感染 ファイナル・エクスプレス』が予想外のヒットをしたことで、大作が続くことになりました。

そうなると『顔 -かお-』を映画化するのは難しいのではないかと思い、漫画を描き続けていました。でも、私の中にはずっと「渇き」のようなものがあったんですね。マーケットに選ばれるような作品ばかりを撮っているのではないかと。

その頃、私は黒沢清監督やエドワード・ヤン監督の作品なんかをよく観ていました。同じころ、「ガス人間」の監督として片山慎三監督を紹介されて、彼の『岬の兄弟』を観てみたんです。そうしたら、低予算で撮られた作品ながら素晴らしい作品で、この予算でこんな作品が作れるのかと嫉妬のようなものを覚えたんです。そこで、自分にもこのように低予算でも作品が作れるだろうかと考えるきっかけとなりました。

『顔 -かお- 』という作品では、投資を受けずに、自主製作でやってみてはどうだろうかと考え、妻に相談したところ「10年間、頑張ってお金を稼いできたんだから、好きにしたらどう?」と言われて、もうその次の日にパク・ジョンミンさんに相談をしたら、すぐに「いいですね」って即答してくれたんです。

── パク・ジョンミンさんは、なぜ、すぐに一緒にやろうと思ったのでしょうか?

パク・ジョンミン 監督とお仕事をご一緒するのは楽しいですし、『顔 -かお-』は短い期間で撮れる作品な上、とにかく面白そうだなと思いました。『顔 -かお-』の原作のグラフィックノベルが出版されたときに監督からプレゼントされて読んだら、すごく面白かったということもありました。僕は息子役としてオファーされたんですが、息子役だけではどうかと思ったので、監督に「父親役は誰が演じるんですか?」と聞いたところ、監督はすぐに、私の意図をわかってくれて、「一人二役も考えてるよ」って言ってくれたんです。

パク・ジョンミンが演じる、篆刻家イム・ヨンギュの息子、ドンファン。

イム・ヨンギュの青年時代も、パク・ジョンミンが演じた。

── 今回、予算の少ない映画制作でも、プラスに感じたことはありましたか?

ヨン・サンホ 不安以上に、新しいことに挑戦したいという思いが強くありました。実際、俳優もスタッフもトップクラスの方が集まってくれたこともあり、撮影が始まってからは不安はありませんでした。ある意味、映画の美学というのは、プロダクションの欠乏からくるものかもしれないとも思いました。予算のないことを、現場にいる方たちがアイデアで埋めようと、みなさんが能力を発揮してくださったんですね。

パク・ジョンミン 予算が少ないということは、興行的なハードルも下がりますよね。ヒットしなくても何とかなるし、そういう意味では演技をするときの自由度にもつながると思いました。観客動員数のことだけを考えなくていいというメリットはあったと思います。その上で苦労したこともあって、やっぱり撮影時間が少なかったですね。そうなるとテイクも少ないので、不安をコントロールするという意味で苦労はしました。

── パク・ジョンミンさんとヨン・サンホ監督は、『サイコキネシス -念力-』(2018年)で初めてご一緒されて、その後「地獄が呼んでいる」シリーズ(2021年・2024年)があって、今回の『顔 -かお-』に繋がったことかと思います。お互いに、なぜ一緒にやりたいと思われるのでしょうか?

ヨン・サンホ まあパクジョンミンさんは、ほとんどの監督が一緒にやりたいと思う俳優ですし、もしかしたら観客よりも監督に愛される俳優なんじゃないかなと思うくらいです(笑)。

パク・ジョンミン 最近は観客にも愛されるようになってきたと思います(笑)。

ヨン・サンホ でもやっぱり圧倒的に演技がうまいし、本作で百想芸術大賞の映画部門で、男性最優秀演技賞を受賞しましたしね。韓国を代表する俳優だと思います。それ以上に、その作品が進むべき方向やメッセージについて、監督以上に深く考えている俳優だとも思います。なので、撮影中も、演技の話だけでなく、作品についてもいろいろな話ができるんですね。だから「地獄が呼んでいる」でも『顔 -かお-』でも本当に助けられました。

パク・ジョンミン すべての俳優が感じていることだと思いますが、ヨン・サンホ監督とご一緒する現場はとにかく楽しいし、そこにいる誰一人、ナーバスになることもありません。素晴らしい演出家でもあり、監督でもあると思います。監督というのは演出することだけでなく、撮影現場の方向性を示すことができる人だと思います。それと同時に、監督が世に送り出すメッセージに共感しています。監督、いい感じで答えられましたよね?

ヨン・サンホ 約束の通りに話してくれてばっちりです(笑)。

── 監督とメッセージが共感できるとのことですが、今回の『顔 -かお-』で共感できたところはどんなところですか?

パク・ジョンミン 原作を最初に読んだときに、すごくいい作品だとは思ったんですけど、なぜこのお話がいいのか、自分の中でうまく言葉にできなかったんです。それは監督と一緒に準備する中で「なるほど、そういうところに自分も惹かれたんだな」とわかるようになりました。

監督から、韓国が成長を成し遂げようとしてきた1970年代に、何を置き去りにし、何をないがしろにしながら前に進んできたのかを描きたかったと聞いたときに、私は衝撃を受けました。自分の心に響いたのは、そういうことだったのかと思いました。同時に、そのことをどんな風に演技で伝えることができるだろうかと悩みもしました。

── 映画の最後にパク・ジョンミンさんが見せる表情が印象的でしたが、このときの演技については、台本に書いてあったり、監督から何か伝えられていたのでしょうか?

パク・ジョンミン 台本に書いてありました。最後のシーンを読んで、ぐっと熱いものがこみあげるような感覚があったんですね。そのときの感情を明確に覚えています。撮影に入ってからも、そのとき感じた最初の感情を込めながら演じていました。そして、その最後のシーンを観客が見たらどう思うかと言うことに関しても考えました。

ずっと尊敬していた父親の本当の姿を目の当たりにしたのに、彼と同じような選択をしてしまう自分自身がいるわけですよね。でも、その後に母のことで知った事実によって、自己嫌悪に陥ったり、すまないという気持ちになったりして、そういう気持ちがないまぜになって、あのような表情になったのではないかと思っています。

── そのシーンに関して、監督はパク・ジョンミンさんとどのような話をされたんですか?

ヨン・サンホ そのときはほとんど何も言ってないですね。「泣け!」って言ったくらいです。実は、パク・ジョンミンさんからどんなふうに泣いたらいいでしょうか、そんな泣き方がこのシーンに合うでしょうか? と聞かれたので、とにかく嗚咽するように泣いてほしいと言ったんですね。でも、ジョンミンさんにはそれが正しいのかどうか確信がなかったかもしれません。でも、とにかく嗚咽してほしいって言ったんです。

撮影が終わったあとに、なぜそのように伝えたのか、自分でも気づきました。韓国には葬儀のときに慟哭する文化があります。お葬式のときに、「アイゴー、アイゴー」と言って、まるで呪文を唱えるように泣く文化です。それって死者のために泣くという文化なんですよね。韓国の人々は古くからずっとこの慟哭の文化があるんです。

映画の最初で、母の遺体とドンファンが向き合うシーンがありますよね。でも、ドンファンからしたら、母に関する記憶が全くないわけですから、遺体と向き合ってもなんの感情も湧かないわけです。でも、その後、母親がどんな人生を送ったのかがわかってきて、そのうえで向き合ったとき、ドンファンは慟哭するかのように自然と感情が湧いてきたのではないかと思います。

── 監督は、パク・ジョンミンさんに助けられることがあると言われてましたが、今回の『顔 -かお-』では、お互い、どんなところで助けられたと思いましたか?

ヨン・サンホ 若かった頃のヨンギュのイメージが、私が描いたグラフィックノベル以上に立体的な人物になったことです。実際にヨンギュが座っているお店というのはグラフィックノベルの中ではそこまでリアルには描かれてなかったんですけど、小道具のチームが準備をする中で、これはすごくリアルなものになるなという手ごたえがあったんです。その上、パク・ジョンミンさんの演技があったからこそ、リアルになったと思います。

すごいなと思ったのが、ヨンギュを演じるために、ジョンミンさんが判子を彫る方法を実際に習ったんですね。代役で演じてもらうこともできるわけですが、ヨンギュになるために、身体的な感覚がないと自然な演技が出てこないということで、習った上で、自然な姿でお店に座って、セットチェンジの時間にもヨンギュのままでそこに座って判子を彫り続けていたんです。そのようにしていたからこそ、あのような立体的な人物になったんだと思います。

パク・ジョンミン 僕の場合は、さきほどメッセージの話をしましたが、まずはそのメッセージに助けられたことがあります。そのメッセージが、自分がこの映画とどう向き合うかというヒントを得たような気持ちになりました。

そして、撮影しているとき、監督は俳優の選択に対して全幅の信頼をしてくれてるんです。僕は日ごろ、自発的な演技の選択をすることは少ないんです。でも、監督とお仕事をすると、自分でこんな風に言ってみようかなと思える自信が芽生えてくるんです。そんな気持ちになれるのは、やっぱりヨン・サンホ監督の作品の中で自発的な演技をすると、いい効果が発揮できたと感じられるからなんですね。これが、お互いが生み出すシナジー効果なんじゃないかと思いました。そんな瞬間に立ち会えることは、すごく幸せですよね。だから、今後もヨン・サンホ監督とはずっとご一緒したいなと思っています。

Profile

ヨン・サンホ

1978年生まれ。アニメーション『豚の王』(2011)で長編監督デビュー。2016年に監督した実写長編デビュー作『新感染 ファイナル・エクスプレス』が大ヒットとなる。その後もドラマ「地獄が呼んでいる」(2021)、「寄生獣 ーザ・グレイー」(2024)、映画『啓示』(2025)など、ジャンルを横断した話題作を作り上げている。

パク・ジョンミン

1987年3月24日生まれ。2011年『BLEAK NIGHT 番人』でデビュー。その後『ただ悪より救いたまえ』(2020)、『別れる決心』(2022)、『密輸1970』(2023)、『HUMINT/ヒューミント』など、多くの名匠たちの作品で高い演技力を発揮している。

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写真・内田紘倫(The VOICE) 取材、文・西森路代

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