「この映画を観ている2時間だけでも『世の中案外悪くない』と思っていただけたら」ホー・ミウケイ監督×西森路代、香港映画『ラブ・ライズ』公開記念対談

近年、再び日本で盛り上がりを見せている香港映画から、注目の作品『ラブ・ライズ』が上陸。ロマンス詐欺をテーマに、20歳以上年の離れた男女が繰り広げる、コミカルかつ心にじんわり染み渡る物語。本作が監督デビュー作となるホー・ミウケイさんに、香港映画に詳しいライターの西森路代さんが物語に込めた思いなどを聞きました。

Index

    『ラブ・ライズ』

    Information

    アラフィフの産婦人科医ベロニカ(サンドラ・ン)は、潤沢な資産をもとに優雅なシングルライフを送っている。軽い気持ちで別人になりすまし、マッチングアプリに登録するが、そこで知り合ったのは失声症を患うフランス人石油エンジニアの男性。その実態は、ロマンス詐欺団の一員である26歳のジョー(MC チョン・ティンフー)。そうとは知らず、ベロニカは彼に恋心を抱き始め…。本作は、第43回香港電影金像奨6部門ノミネートなど、香港で大きな話題に。日本での劇場公開が待望され、ついに上陸!

    監督:ホー・ミウケイ プロデューサー:チャン・ヒンガー、ジャネット・チョン

    脚本:ホー・ミウケイ チャン・ヒンガー

    出演::サンドラ・ン、MC チョン・ティンフー、ステフィー・タン ほか

    9月4日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか、全国順次ロードショー

    ロマンス詐欺の“被害者側”の視点を掘り下げたかった

    西森 『ラブ・ライズ』の題材はロマンス詐欺です。ロマンス詐欺がテーマの作品というと、「騙されたほうが悪い」と感じられるような展開も多く、観ていて切なくなってしまうことがあります。本作もどうなるのかと途中までハラハラしながら観ていましたが、これまで観てきた作品とは異なり、想像もつかない結末にたどり着きました。

    ホー監督 客観的に物語を描くと、ロマンス詐欺は騙された側の落ち度が目立ちやすいのかもしれませんが、私が着目したのは被害者本人の視点です。なぜ騙されてしまったのか。それはもしかすると、被害者の心のなかにある孤独や寂しさが引き金になっていたのではないだろうか…。そんな本質的な部分を、この作品では描きたいと思いました。

    西森 そもそも、なぜロマンス詐欺を題材にしようと思われたのでしょうか。

    ホー監督 きっかけは、テレビで見かけた国際ロマンス詐欺団の逮捕劇でした。そのニュースで、女性を騙す手口が“台本”に細かく書かれていたと知り、本作のプロデューサーと2人で、「私たち、仕事がなくなったらこれをやればいいんじゃない?(笑)」なんて冗談を言っていたんです。そこから話が膨らんで、映画に発展しました。

    ロマンス詐欺は犯罪ではありますが、例えば殺人などの凶悪な犯罪とは、少し違った側面があると思うんです。被害者は、騙されている間は恋愛をしているので、基本的には幸せですよね。ともすると騙されたと知ったあとも、「あの恋は本物だった」と思う人もいるかもしれません。第三者にはなかなか理解できない心境ですが、だからこそ映画の題材として深掘りし甲斐があると思ったんです。

    西森 劇中で騙されるのは52歳の産婦人科医ベロニカ(サンドラ・ン)で、彼女を騙すのはロマンス詐欺団の一員である26歳のジョー(MC チョン・テンフー)です。騙す側のジョーも、ただの悪人ではなく、何かしらのコンプレックスや寂しさを抱えているように見えました。

    ホー監督 物語を設計していくなかで、詐欺師に良心があったらその結末はどうなるんだろうという考えが浮かんだのです。ジョーは心優しい青年ですが、定職に就かず、目標もなく日々を過ごしています。そういう元来善良な人が、たまたま見つけた高収入バイトに応募したらロマンス詐欺の実行役だった、ということもあると思うので。

    実際に逮捕されたロマンス詐欺団の中にも、似たようなエピソードがあったんですよ。詐欺師が被害者の女性に「実は、僕は詐欺師なんだ」と告白しても、彼女は「別れたいから嘘をついているんでしょ」と言って信じてくれなかったそうです。

    西森 今作はホーさんの初めて監督作ですよね。今までやってこられた脚本と監督では全く違う作業が必要になると思うのですが、これまでに助監督などの経験があったりされたのですか?

    ホー監督 実は全く経験はなくて、短編映画ですら撮ったことなかったんですよ(笑)。今までは、監督ってすごく高度な調整能力が必要な職業だと思うので、自分には難しいと思っていたんです。でも、コロナで香港の映画制作が滞っていた時に、折角だから応募したら?とプロデューサーに言われ、コンテスト(First Feature Film Initiative ※香港政府による新人監督支援プログラム)に脚本を出してみたら通ってしまったんです。それならば、撮るしかないよね、となり監督を務めることになりました。

    主人公の産婦人科医ベロニカ(サンドラ・ン)

    ロマンス詐欺団の一員・ジョー(MC チョン・ティンフー)

    日本でのロケは脚本を書く前から決めていたこと

    西森 本作の舞台は香港ですが、なかでも重要なシーンに札幌が登場します。なぜ札幌でもロケをされようと思ったのでしょう?

    ホー監督 物語の前半は、ロマンス詐欺団のアジトなど、閉ざされた空間での展開がほとんどです。そこから後半である大きな転換点を迎えるわけですが、そのシーンは広大な景色のなかで撮りたいと考えていました。

    当初は東京という案もありましたが、都会の殺伐とした雰囲気は、自分が思い描いていたイメージとは少し違う気がして…。そんななか札幌フィルムコミッションのサポートを得られることになり、札幌でのロケが実現しました。

    実は、日本でのロケは、脚本を書く前からやりたいと思っていたことなのです。もしかしたら自分が映画を撮る機会は、これが最初で最後かもしれない。それなら絶対に日本でロケをしたい!そう思って、脚本はあえて日本に合うように書きました。

    西森 そう強く思うほど、日本の映画やドラマで、何か影響を受けた作品はあるのでしょうか?

    ホー監督 岩井俊二監督の『Love Letter』です。子どもの頃に観た時は「悲しい話だな」くらいにしか思っていませんでしたが、自分が脚本家になってから観ると、とても細かいところまで計算された作品だということがわかりました。

    それに何より中山美穂さんはじめ、キャスティングが素晴らしい!物語には少し辻褄が合わないところもありますが、それを超えるほどの強烈な演技力。

    私も脚本を書くにあたって物語の整合性を考えますが、俳優の演技力によって矛盾をも超えるということはとても勉強になりました。

    北海道というロケーションも、そういう勢いを後押ししているのかもしれませんね。

    西森 私は先日、岩井監督にインタビューする機会があったので、ちょうど『Love Letter』を観返したばかりなのですが、自分の記憶以上に深い作品だったと改めて気づきました。あと、未来や過去から手紙が来るという設定が、その後のさまざまなアジア映画に影響を与えているのではないかとも感じました。

    西森 また、ホー監督が香港映画の現在をどう感じているのかも気になります。私が見てきたところでは、香港映画は1997年くらいに日本でブームになり、その後も劇場で観られる本数はそう多くないながらも、昨年の『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』の大ヒットなど、良作揃いという印象です。

    ホー監督 これは香港映画に限ったことではありませんが、今は映画を劇場ではなく、オンラインで観る人が増えていますよね。そのため、十分な予算を確保して劇場で公開する映画を撮ること自体が、以前より難しくなってきました。

    その一方で、脚本がしっかり練られていれば、中小規模の映画でも作りやすくなったと感じています。

    また、物語に関しても、昔は観てすっきりするような単純な娯楽映画が好まれていましたが、オンラインでさまざまな映画を観られるようになった今は、以前と比べて感動が生まれにくくなりました。

    映画を観る目的が、「楽しかった」以上に、例えば物語から何か学びを得るなど、より深いものになってきているように思います。

    西森 たしかに、日本でも公開された『私たちの話し方』などもそのような作品でしたね。

    撮影現場で演出中のホー監督

    チャウ・シンチー監督の現場で鍛えられました

    西森 ホー監督は、チャウ・シンチー監督の映画『人魚姫』で脚本を書かれていますよね。その経験は本作にも生かされていますか?

    ホー監督 チャウ・シンチー監督は非常に細かく、熱量の高い演出をする方で、現場には経験豊かな俳優が多く集まります。脚本を仕上げていく過程では、役者を交えて何度も読み合わせを行い、脚本を徹底的に揉み直す作業がありました。

    その際、俳優たちは「この場面でこの人物は何を感じているのか」「どんな背景があるのか」と、キャラクターの内面を深く掘り下げる質問を次々と投げかけてきます。彼らは役を理解するために、人物像の細部まで知ろうとする。

    そのようにキャラクターや物語を掘り下げていく作業は、私にとってとてもいい経験になりましたし、勉強にもなりました。

    西森 今は、どんな作品を手がけられているんですか?

    ホー監督 今年公開された作品ですと、『夜王』(※2026年旧正月に公開されて大ヒットし、香港映画歴代興収3位にランキング)という映画で脚本を手がけました。その他にもいろいろ進行しているものがあります。

    西森 『夜王』に出演しているダヨ・ウォンは、日本でも話題になった『旅立ちのラストダンス』での演技もとても良かったです。

    では、最後に改めて、日本の観客に本作のどんなところに注目してもらいたいか、メッセージをお願いします。

    ホー監督 映画自体は作り物ですが、皆さんが映画を観て感じる「感動」は本物です。騙されている状況は偽りであっても、映画の登場人物は、恋をしている時、本人はその感情を「本物」だと信じていました。

    もちろん、現実世界で警戒心を持つべきだということは、常識のある観客の皆さんなら誰しもが理解しているはずです。しかし、もし「この世界はひどすぎる」と感じているのなら、映画館に入ってこの作品を楽しんでほしいと思います。

    「この世界にもまだ善良さがあるんだな」と感じていただき、心が少し温まって、この2時間だけでも「世の中案外悪くない」と思っていただけたら嬉しいです。

    Profile

    ホー・ミウケイ

    香港出身の監督、脚本家。チャウ・シンチー監督作『人魚姫』(2016)で香港電影金像奨脚本賞にノミネート。本作で監督デビューを果たし、香港電影金像奨と台湾金馬奨の新人監督賞にWノミネートされた。

    西森路代

    ライター。日本のドラマや映画はもとより、韓国映画に関する執筆も多数。アジアエンタメのルーツは香港。著書に『あらがうドラマ「わたし」とつながる物語』など。新刊『香港映画との日々、伏線と回収の間』が9月25日発売。

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    文・保手濱奈美 © 2024 Head Office Film Limited All Rights Reserved.

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