
小説『王国』の作者、湊かなえさんにインタビュー。
それぞれの「海を守る」という思いを描きたいと思って
「これまでは教師と生徒や母と娘といった1対1の関わりで、お互いがお互いをどう思っているかに焦点を当てて書くことが多かったのですが、この作品では、群像劇を書いてみたいという思いがまずありました。現実の社会は、多くの人がさまざまな距離感で関わり合うことで成り立っています。だからこそ、人間関係のすれちがいもまた単純ではなくなるのではないかと。その複雑さを描くため、これまでで最も多くの人物が登場するミステリ群像劇に挑戦してみたかったんです」
このたび、小誌に連載していた湊かなえさんの『王国』が刊行。目を引く美しい装幀とともに話題だ。
本作の主要人物は9人の男性。それぞれが故郷の海・白珠湾を再生し、ウェルネス・ツーリズムを軸に町を活性化させようという夢を共有している。松ヶ崎市でウェルネス・ツーリズムの会社「海の王国」を興した浜崎朔也と彼の弟で絵がうまい県職員の元樹。父を継ぎ漁師になった、朔也の幼なじみの潮見翔。剣道が強く海上保安庁に就職した杉浦航生(こうせい)。航生と同じ剣道部の凪真(なぎまこと)は大学進学で上京し、新聞記者になった。朔也と同じ大学に通い、研究者となった島田淳、松ヶ崎の民宿〈すはら〉の息子・洲原壮一、人気俳優だった祖父がヨットと別荘を所有していた水元亮司、海の生き物を守りたいと思う帰国子女・海野健斗と、さまざまな道を歩む魅力的な人物揃いだ。
「9人については、それぞれの『海を守る』という思いを描きたいと思って。そこから、キャラクターを考えていくのではなく、『夢を実現するにはどんな役割が必要だろうか』という発想から組み立てていきました。たとえば、故郷の海をウェルネス・ツーリズムでもり立てるというなら、そのプロジェクトを担う中心となる会社がなければいけないなとか、地域創生には官民の連携が不可欠だから公務員やマネジメント会社の関係者は欲しいとか。新素材を開発する研究者もいないと…など構想を練っていくうちに、結果として個性の違う9人ができたという感じです。連載が終わってから“これは究極のブロマンスだ”という感想も上がってきて、一人ずつの関係をしっかり描くことで、そんな読み方もできるのかと思いました」
本作には事件か事故か自死か、判然としない複数の死がある。真相へ近づいていくミステリでもあるのだが、彼ら9人が順番に語り手を務める構成が有機的に働き、読者は波間を漂う心持ちで読み進めていくことになる。
「自分の保身のための隠しごとというのは意外と暴かれやすいものだと思っています。むしろ、誰かを守ろうとすることで口が堅くなり、秘密を抱え込むことによって、ボタンのかけちがいが起きてしまうのではないかと」
9人は均等につながっているのではなく、ある者同士は深く結ばれ、別の者とは思わぬ接点を持つ。
「そうした濃淡のある関係が、人物同士の化学反応を生むことを期待しました。そうすることで、それぞれの内面をより細やかにクローズアップすることができるのではと。本当に悪い人だけが事件を起こすなら、そこを取り締まれば済む。しかし現実は、善意が絡まり合って悲劇の原因となることも多い気がします」
本作を読み終えたとき、最も強く胸に残るのはそんな思いだ。人は誰かを思いやるからこそ過ちを犯し、優しさゆえに真実から遠ざかってしまう。だが、傷ついたその場所で再び手を取り合い、希望をつなぐこともできるのが人間なのだ。湊さんが連綿と書いてきた、人間存在への信頼を味わえる一冊だ。
Profile
湊かなえ
みなと・かなえ 1973年、広島県生まれ。2008年『告白』で鮮烈デビュー。'16年『ユートピア』で山本周五郎賞を受賞し、'18年『贖罪』がエドガー賞候補となるなど、常に話題作を発表している。
information
anan 2508号(2026年8月19日発売)より
































