「スプートニク」という言葉から多くの人が思い浮かべるのは、世界初の人工衛星の名前だろう。
「辞書で調べたところ、ロシア語で『旅の仲間』という意味だと知り、すごくいい言葉だと思ってずっと温めていたんです。そして今回、男女3人の定まらない関係を描くことになって、今こそこの言葉をタイトルにしようと思ったんですよね」
物語の冒頭、ウェディングプランナーとして働いていた浅利千尋(あさり・ちひろ)が、上司の羽鳥汐路(はとり・しおじ)に辞表を提出する。いったん引き留めるものの、妊娠して結婚を控えていた汐路は、浅利と一緒に辞めることに。そして汐路の結婚パーティで、酔いつぶれた浅利を汐路の弟・渡(わたる)が介抱したのを機に、3人はパーティ会場だったカフェ&バー『スプートニク』に時折集まっては、おしゃべりをする仲に。
「読み切りとして第1話に当たるパートを描いた当初は、もう少し恋愛寄りではあるものの、だからといって恋愛のフォーマットに則ってはいない展開をイメージしていました」
しかし続編を描くことになった2021年、パンデミックにより第1話を描いた時点では誰も想像していなかった世界になっていたため、物語も大きく方向転換することに。
「第1話から10年経ったコロナ禍の世の中という設定なのですが、現実でも感染拡大がいつまで続くのかわからず、先が見えない状況でした。自分もそうでしたけど、ちょっとした安心感やつながりがとても大事だと思ったし、そういう感情を物語に落とし込んで残しておきたい気持ちがあったのかもしれません」
ステイホーム中、3人も立ち止まり、この先どう生きたいか思いを巡らせる。そして育児や親の介護、失業、失恋などさまざまな事情を抱える人生が、以前とは少々異なる形で交わるように。ネタバレになるのでこれ以上は触れないが、まさに海野さんの真骨頂といえる、臨場感たっぷりのワクワクが待ち受けている。
「当たり前だった日々がある日突然がらりと変わったとき、状況に合わせて生き方を柔軟に変えるのもひとつの戦略ですよね。そしてコロナ禍の現実をただ描写するのではなく、何だかよくわからない状況でも顔を上げて一歩前に進めるような希望を絶対に入れたいと思っていました。今までの作品に比べて、そのことを一番強く意識していた気がします」
恋人、友達、家族などひとつの関係性に縛られず、「旅の仲間」として重なった道中を楽しく過ごす。付かず離れず、自立しながら時に手を取り合う、3人のゆるやかな関係は、どんなことが起きてもきっと何とかなりそうな光に満ちている。
『スプートニク』 かつて同じ職場にいた部下と上司、そして上司の弟。ゆるくつながっていた3人がコロナ禍によって立ち止まり、今までとは違う形で交わり出す希望の物語。祥伝社 1012円 ©海野つなみ/祥伝社フィールコミックス
うみの・つなみ マンガ家。『逃げるは恥だが役に立つ』(全11巻)が社会現象に。『Kiss』で新連載「クロエマChloe et Emma」がスタート。
※『anan』2022年9月21日号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・兵藤育子
(by anan編集部)