愛情に飢えた子供時代だったのですが…。
私は一家にとって最初の子供、しかも女の子だったので、父親と祖父母に溺愛されて育ちました。母だけは、「こんなに甘やかされたら鼻持ちならない人間になる!!」ととても厳しかったけれど、基本的には愛情いっぱいで、自己中心かつ自己肯定に満たされた子供時代でした。しかし、5歳のときに両親が離婚!!
私は母に引き取られ、母の実家の青森県へ。愛情いっぱいの生活は激変し、待っていたのは働きに出かけた母をひとり家で待つという厳しい現実でした。母は相変わらず厳しくて、私は過度の愛情欠乏で、母を恨み、暗い内向的な子供になっていきました。追い打ちをかけるように、小学校に入ると母の実家に預けられ、甥っ子や姪っ子の子守をさせられることも度々でした。どんなに厳しくても母と離れるのはさすがに寂しくて、いま思い出してもかなり不条理な幼少期だったと思います。でもここでの体験が、のちの私の演劇人生に大きく影響することに…。
自分が開き体が浮く?! 少女時代の謎の体験。
母の実家は下北半島の真ん中にある海と山に囲まれた小さな村で、遊び場は大自然。町からやってきた私にはその自然が物珍しく、少しの時間を見つけては木に登ったり海に潜って貝をとったり、絵に描いたように野原を駆けまわったりしていました。
あるとき長いこと雲を眺めていたらふわ~っと体が浮いて!! もちろん本当に浮くわけはないんですが(笑)。意識が身体から流れて軽くなるような浮遊感があって、自然に身を委ねることで身体も意識も解放されるという不思議な体験をよくしていました。辛い日々の束の間の現実逃避だったかもしれません。
大人になって演劇の道に入ったとき、私は「解放」と「集中」「感受性」という言葉に出合います。今はもう、どんなに雲を眺めてもあの浮遊感は戻りませんが、自然の中で体験した感覚は、身体に記憶に刻まれている気がします。それと知らずに貴重な体験をしていたことを、今となっては母に感謝ですね。
きの・はな 俳優、演出家。1948年生まれ、青森県出身。2/18~3/6にKAAT神奈川芸術劇場 大スタジオにて、舞台『ラビット・ホール』に出演。3月には兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホールでも公演が。
※『anan』2022年2月9日号より。写真・小川朋央 ヘア&メイク・片桐直樹(EFFECTOR)
(by anan編集部)